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ケータイに着信があったのは突然だった。
学校で出された課題に勤しんでいた最中に突然の着信があり電話に出てみれば、「まぁ外に出てこいよ、暖かい格好をしてきなさい」と言われ。
何事かと少しの抵抗はあったものの、言われた通り駐車場に出てみれば、深緑のミリタリージャケットを着た彼の保護者は、赤い車に凭れて笑顔で乗るよう促したのだ。
そのまま車に乗せられよく分からないまま夜の街を走りだして。
彼、壽美田流星《すみだりゅうせい》の最近と言えば、環境が突如激変し、生まれ故郷に来ることになった。
早一年近くこの生活をし、それまでに染み着いてしまった感覚やら生活感の浸水から徐々に脱出はしているが、やはりまだ、“夜”という感性は彼にとって少しの恐怖と、好奇心があって。
だからこの日も、この保護者の突発的な一存で果たして何処に連れて行かれるのかと、恐怖と好奇心がせめぎあった。
街はなんとなく、いつもと違うような、どこか浮き足立つ妙な雰囲気を纏っている気がした。それはなんとなく、何かの前夜祭、祈りの前だとかそういう時の、あの雰囲気よりは楽しそうで。しかしながらどうも、そんな事情も孕んでいそうな。
と言うより。
流星はこの国に来て知った。この日本と言う国は何かしら、祭事が多い国だ。しかし自分の知っている“祭事”は、育った環境ではもう少し厳粛だった。
だがまぁ、確かに祭事というものにどこか人々は浮き足立つ。それが例え生け贄を捧げるような儀式であっても“普段にない大変な珍事”として皆一丸となり何処か高揚した出来事なのだ。
しかし、日本のそれはどうも違う。
もう少し人々は砕けている。まぁ、言えば楽しそうなのだ。
最初は何事かと思った。テレビで観たときのそのしっかりした木材だかなんだかの飾り?やぐら?ちっちゃい家?を担いでめちゃくちゃ酒飲んで楽しそうにしている民族。これってなによ。国民一丸となってクレイジーなのか、とんだところに連れてこられたと思ったものだ。
かつて自分は日本《ここ》に居たらしい。しかしそれは今現在13歳の時分《じぶん》で記憶があまりない。何が起きたかは知らないが、しかし不思議なことにこちらの言葉はわかる。むしろ、育ったベトナムの言葉は全くもって、わからない。
だからそれもあの頃、恐怖のひとつではあったのだけど。
しかし今日のそれは、雰囲気は完璧に“祭”、だがどうもそれもまた少し違った雰囲気に感じる。一体なんだろう。
「樹実《いつみ》」
「なんだい」
話しかけてみれば保護者はどうも、疲れている様子。長髪すら結っていない。しかしながらタバコを片手にふにゃっと笑みを浮かべて車を走らせている。
「これは一体どこに行くの?」
「うーん、夜景が綺麗なところ」
「は?」
「ほら、お前なんだかんだで去年はこの時期日本にいなかったんじゃね?ギリ」
「うーんまぁ」
「てかあの施設ではあったの?“クリスマス”」
なんだって?
「なにそれ」
「やっぱなんの宗派かわからんな最早。
元はキリストの誕生日だよ」
「誰、どこの人」
「ユダヤ人。神様」
「は?なにそれよくわかんない」
「だよねー。俺もよくわかんない。日本にいれば気付いたらやってる行事だよ。日本は仏教だけどね基本」
「え、なにそれ待って、そんなんやっちゃったら暗殺されないの」
「されないされない。もう少し日本人は緩いから。てかクリスマスの意味、多分よくわかってないから」
「いいのそんなんで」
「日本ではね。海外行ったらちょっと…。けどまぁクリスマスはフラットなもんじゃない?最早国際的なお祭りだよね」
「そんなもん?」
「そーそー。そう考えたらキリストって凄い人だわな」
呑気にそんなことを保護者は言っているが流星の頭は軽くパニック。しかしよくよく考えれば樹実はわりと、変だが間違いを言わない人ではあるので、そんなもんなのかと納得しようと努めた。
確かに。
ここに来て学んだことは、世界は広いということ。まず、外は広かった、日本は広かった、自分が暮らしていたあの場所が酷く、小さかった。
そして案外世界は、外界はとても自分に優しかった。それこそ途方もなく漠然と、自分が初めて見たような、あの夜空のように広大だった。今はまだ、星の一つすら名前は知らないが、そんなもんだと、思うくらいに。
車から見える夜は、いつもより少し明るい。きっと星空自体の明るさは変わらないはずだが、なんだか明るい。流れていく景色を見て、そんな日なのかと思った。
「夜が好きになるような、そんな一日にしてやるよ」
「ん?」
「ほら、流星。
お前に会ったときにさ、流れ星が怖いって言ってたけど。俺は日本人だからね、わりとそれだけで、流れ星一個見ただけでちょっと良い気分になるんだよ。日本じゃ落ちるまでに、3回願い事を言うと叶うとか、まぁ迷信だけど、そう言うくらいには貴重だからね」
「へぇ…そうなんだ」
「まぁ国によっては確かに不幸の訪れなんて言うけど…。君は日本人で俺も日本人だから」
そう言われれば、なんだか。
「ねぇさっきから言おうとしたこと言ってもいい?」
「なに?ありがとう」
「あんた酒入ってないか?日本じゃ確か犯罪ですよねお兄さん」
「…うっせぇなクソガキ」
「どこで突っ掛けたよ」
「仕事帰りに一杯な」
「一回くらい頭打って死んだ方がいいよ」
「あらまぁ口が達者になりやがって誰に似たんだか」
「あんただね、前見てくれない?」
「クソ生意気だな」
「そうだねー、まだ?」
「うるせぇなまだだよ大人しく口開かねぇで待ってろよバカ!人が珍しく良い話…」
「おい黄色だぞ」
「あやべぇ」
「死ねばいいのに」
注意は素直に聞く保護者。しかしこれは果たして辿り着くのか不安である。
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