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なんだかんだで辿り着くまでそれほど時間は掛からなかったのだが、樹実は寄り道をして酒を買い込んでいた。この人はどうやら人のことを安全に帰らせる気はないらしい。
まぁわかってはいたがこの人はわりとまともではないのかもしれないと思い始めている今日この頃である。
ビール片手に運転しながら「そろそろ着くよ」と言われた頃にはわりと興ざめしていた。
「おいクソ野郎」
「ん?なんだいクソガキ」
「いま何本目だ」
「んー、難しことを聞かないでおくれよー。大丈夫!検問を避けられるくらいの頭はあるからねー」
「一回パクられろよこのクズ!」
「言うねぇ、こーゆー大人にはならないでねー!こんなことしたら俺将来お前のことパクるからね。
あぁ、大丈夫、帰りはカニちゃんを呼ぼう、そうしよう」
「最低だ」
夢も希望もあるんだかないんだかよくわからない公安、樹実さんの舌足らずな長めの一言は最早短めに切り捨てる。きっと流星が普段はそれほど喋らないのは保護者のせいだろう。
なんせ樹実は喋る勢いがハンパじゃない。まともに相手が出来る精神の奴は多分、少し疾患だ。それか神的だ。
とにかく向かうまで一人でぺらぺらぺらぺら樹実はずっと喋っていた。
最初はまともに返していた流星だがそのうち「あぁ」だの「うん」だの「ん」だのになっていっているのに樹実は全く気が付かない。しかしそろそろ限界を迎えつつある車内の18分目、ついに流星は、「どう思うよ、だってさ、普通さ、」と言う樹実に対し、
「どうでもいいですうるさいなあ!」
と言ってしまったが。
「そうなんだよ、俺もどーでもいいと思うんだよけどね、」
話が繋がってしまい、断念。再び「ああ」「うん」「ん」を繰り返す会話に成り下がった。
「で、流星はどーなのよ最近」
「は?」
そしてなんの脈絡もない話題変更。
確か今の今まで、ホント、「で、」の前までは、タカダさんがいきなり呼び出してきて行ってみたら米軍基地に行って来いって言われたんだよねで、流星は最近どうなのよと言われた気がするんだが気のせいだろうか。
「は、え、何が」
「日常生活」
「え、はい、元気です」
「なんだその学校の点呼みてぇな回答は。学校ちゃんと行ってんのか」
「は?ごめんあんたの感性よくわかんない、行ってますよそりゃぁ」
「彼女出来た?」
「出来ない。そーゆーのって日本じゃぁ友達とかから聞くもんだと思ってた」
「あー、うん友達は?」
なんだそのつまんなそうな感じ。明らか仕方なく聞いたよな。
「少し」
「へぇー。で、彼女は?」
「だから出来てねぇって言ってるよね、人の話聞いてる?」
「んだよつまんねぇスクールライフだな。お前何しにガッコー行ってんだよ行く意味ねぇじゃん」
「勉強ですけど!え?あんたのスクールライフどんなんだったんだよ」
「いやー、勉強とかうわー。そんなもん生ゴミだろマジ。嫌だ嫌だ。勉強なんてなぁ、体育と医学と日本史と世界史とちょっとの数学と物理科学だけ出来りゃ出世出来んだよ」
「中学でやってないっす」
「あぁね。俺ちょっと何言ってるかわかんないわ」
「いい加減水飲んだら?てか水被ったら?」
こいつ本気で大丈夫だろうか。頭おかしいのは元からだけどなんかこう、一発何かキメちゃってないだろうかと不安に駆られてきた。
しかし本人は凄く楽しそうに「はっはー!やっぱたまには早番って良いね!」とか言っている。本気で大丈夫だろうか。
「てか早番だったの?」
「うん、15時」
「早っ!何故!?」
「うわ、ツッコミセンス80点!
いやーそのあとに米軍基地行ってねー。昔の経歴ぜーんぶ消してきたー!」
なにそれ。
「はー清々した!俺一人分のデータなんて燃やしちまえば、あっという間だったさ…。
教官ぶん殴ったのもルークに頭ガッツンやられたんも爆弾でルークとか、何人かで寮吹っ飛ばしたのもぜーんぶなかったことになったよ」
言葉のわりにはどうも。
清々したのは確かなようだが。
「あそう。
なにそれ面白い。聞いてもいい?」
「だろ?おもろいだろ?
けどあれだね、また今度ね」
「えー」
「着いたよ流星」
穏やかな表情で樹実はそう言う。一体、どこに来たのか。
車から降りて「ほら、」と指差された先に見えたそれは。
「え…」
大きな円が、光輝いていて。その先には幾つかまた、小さな円があって。
星空とはまた違う、人工的なライト。ゆっくりと、音も立てずにくるくる回っているそれは。
「観覧車。綺麗だろ?」
そう子供のような表情で言う保護者は楽しそうで。
「…うん、すげぇ」
幻想的だった。たくさんの色の丸い箱が。
こんなに夜が、綺麗だったなんて。
まるでそれこそ、流れ星みたいだ。少しゆっくりだけど、とにかくすげぇ。
「乗る?」
「え?」
「あれ、乗れるんだよ。街が、凄く綺麗に、見えるんだよ」
そういうものなのか、そんなことって。
「なにそれ」
凄いような気がした。
それから二人で見たゆっくりとしたその景色は。
確かに新鮮で。
たった20分くらいがとても、とてつもなく心に残ったのは確かだった。
ゆっくり、だけど確実に夜の街を、東京を光の、空を敷いたような景色に変えてしまったその乗り物は、中学生の流星にはエキセントリックな、それでいてとても風情のある冬の特別な行事になったのだった。
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