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「なんじゃこりゃぁ…!」

 帰宅早々、家の玄関で潤《じゅん》は腹の底から驚愕を漏らした。

 見下ろした視線の先には泥まみれの子供の靴(多分男児のだ)、と、綺麗に並べられた少し汚れた黒い革靴。そしてリビングから聞こえる「しょーま!脱げた!」という、どう考えても無邪気な男児の声。

 「あーお利口さんだねー」とあやしているのだろう半同居人のやさしー声までが遠いバックグラウンドミュージックとなっていて。
 すぐさまリビングに駆け付けた。なんなのどうなってるの俺の家で。
 扉を開けると祥真《しょうま》が、口元の黒子が印象的な笑顔でにっこり、オフの時用のダサい黒縁眼鏡を掛けた自宅スタイルで、知らない男児になんだか寝巻きを着せていて、「あぁ、お帰り潤」と、ごく普通に返答。
 知らない、短髪のいかにも活発そうな、しかしながら目がくりっとしてまだ可愛らしい顔をした男児が好奇心有り余る顔でこちらを指差し、「誰だー!」とはしゃぐ。

 なんやねんこれは。

「は、た、だいま。あの…」
「はい、ひばり、ご挨拶」
「にながわひばりです!」
「誰だよ、えぇ!?」

 思わず怒鳴るように潤が言うと今まで無邪気そうに、楽しそうだった“にながわひばり”は、急に真顔になり祥真に不機嫌顔を見せた。

「あー、はいはい。
 潤、ごめんごめん。あのー。訳あり」
「え、はぁ!?」
「うーん、預かることになりました」
「おい待ておい待て」
「まずは挨拶から、はい」
「いや、え?正気?」
「しょーま、あいつ何?」

 いやコラ待てよクソガキ。
 てめぇはまず黙っとけやと言おうと思ったが、祥真は非常に困った表情。しかも、「ダメ、かなぁ…」なんてほざきやがるので。

「…どゆこと?孕ましたの?」
「そ。わりとお偉いさんがね」
「はぁ…で?」
「しかも女はバックれ、売られる前に取り敢えず引き取ってきたわけ」
「何してん」

呆れた。
何してん。

「…出てく」
「は?」
「俺子供無理」

ダメだ、本気で。
その生き物だけはどう頑張っても向き合えない。

 踵を返し潤が出て行こうとすると、「いや待てって」と祥真は子供を置いて潤の手を取った。振り向いて取り敢えず祥真を睨み付けると、予想外に抱擁され、思わず突き飛ばしてしまった。

「なんだよっ、」
「潤、」
「勘弁してよ。あんたさ、俺無理なんだよガキなんて。
 いい?俺セックスするときもコンドーム付けるんですなんなら相手に間違いなくアフターピル飲まして来たんですよ今まで!こんだけ遊び狂っててもそんくらい無理なんだよわかる!?それをなんなの?」
「ちょっと潤ちゃん、子供の前でそんな…」
「関係ないね!つーか誰だよそのガキはよ!
 いくら祥ちゃんのお願いでもごめん無理。だってどうすんの。悪いけど俺そいつが煩わしくなったらぶん殴るしなんならぶっ殺すっつーの!」
「大丈夫だから、潤はそんなことしないでしょ」
「知った口利いてんじゃねぇよ、俺がなぁ、そんな、」

 何故か。
 何故だかとにかく胸に色々込み上げてきて急に情緒が不安定になった。そして堰を切ったように涙が溢れていった。言葉が、途端に消え失せる。

「潤…」

 祥真は再び潤を抱き締めた。弱々しく胸をぶっ叩かれ抵抗されるがそれも微力だった。

「ざけんじゃねぇよぅ…」
「ごめん、急には悪かったな。だけど」
「嫌だ」
「君が小さい頃にトラウマがあることくらい俺もわかってるよ。だから君に託そうと思ったんだよ」
「…あ?」
「彼は、つまりそういう子なんだよ。あと一歩でそうなる」
「どういうことだよ」

 漸く潤は聞いてくれる気になったらしい。やはり、根は純粋で優しいやつだと祥真は染々思った。

「見つかったのはヤクザの事務所なんだよ」
「は?」
「あんままだ言えないけどね。
1週間、時間をくれない?」
「長っ」
「大丈夫だって俺も責任持って見るからちゃんと!」
「つったってあんた、夜じゃん」
「うん、まぁ」
「昼はどーすんのさ」

 もしやこいつ。

「わりと勢いでやりやがったな」
「うん、まぁ」
「ねぇそれマジ?」
「はは…」
「あんたさぁ…」

 忘れていたが警察庁立て籠りとかしちゃうような、なんていうかアナーキーなのか一周して単細胞というかアホというか。
 そんな人だったのをすっかり忘れていた。

「…つか」

 視線を凄く感じる。
 先程から凄く不安気にこちらの様子を伺っているのがわかる。にながわひばり。

「あー…もう」

 子供の頃のあんな、

「おいクソガキ、見てんじゃないよ」

 あんな感じで襖の先の秘密を、隠し持っていた自分が透けて見える気がして凄く居心地が悪い。

「クソガキじゃないもん!」
「なんだクソガキ」
「まぁまぁ潤ちゃん、」
「やーい泣き虫ー!ぶさいくー!」
「あっ」
「なっ」

 なんだ。

「なんだとこのっ!ぶっ殺す、今すぐ殺す!」
「こらこら潤!」

 最早祥真を押し飛ばす勢いでクソガキ、蜷川雲雀の元へ潤は駆け寄る。しかし取り押さえようにもすばしっこい。そして捕まえようにもすばしっこい。リビングは大変な騒ぎになってしまった。

「とーりーあーえーず!
うるさい二人とも!」

 だが途中で諦め、祥真が一声掛ければ二人ともピタリと動きをやめる。

「はい座れ!
 まず潤!自己紹介しなさい!
 雲雀、よろしくお願いしますは?」
「…星川潤《ほしかわじゅん》」
「よ、よろしくお願いします」
「はいよろしい!はい!飯食うぞ二人とも!何がいい!」

 潤は育ちよく正座、雲雀は胡座《あぐら》をかいた状態ながら、しかしハモって「オムライス!」とリクエスト。そこにまた蟠《わだかま》りが出来る。

 しかしながら祥真はそれを見てどうも吹き出してしまった。

「君たち似てんな。
 はいはい、わかったよ。まずは潤、着替えなよ。タバコも吸っていいよ」
「えっ、いいの!?」
「大丈夫。ヤクザんとこで慣れてるからそいつ。てか子供は過保護に育てちゃだめだよ」
「…よくわかんないけど、はぁい」
「オムライス手伝うー!」
「おぅ、ありがと。じゃぁおいで。
 潤」

 着替えようと取り敢えず寝室に籠ろうとした矢先、潤は祥真に優しく呼び止められた。
 「何」とつんけんに返せば。「ありがとう」と、
優しい笑顔で言われてしまっては。

 何も返せないが取り敢えずは、まぁ仕方ないかと頷いた。

「出来たら呼ぶから、ゆっくりしてな」
「…わかった」

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