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 ゾートロープがくるくる回るのに雲雀は喜んだ。
 灰色のマフラーのおかげで潤の首筋は暖かそうになった。

 それだけで、とてもいい夢が見れた。三人とも目覚めは凄くよかった。多分住み始めて初めてだ。

 満ち足りた夢を過ごして朝の、微睡みが去り冷たさが残る開店時間に三人は遊園地に向かった。これが今年のクリスマスの最終段階だ。

 やはりクリスマスの高揚から、開店時間だというのに来場者は予想よりは多かった。遊園地はデートのカップルやファミリー、様々がいた。

 観覧車に乗って、ただそれだけで三人は遊園地を後にした。観覧車から観た街の風景は、ゆっくり、模型のような、けれども不思議ともう少しだけ生きた心地がしたような気がした。

 非日常。

 今更ながら日常は本当にありふれていた。少しの感情と過去と、未来が折混ざって結局迎えるのは明日なんだと、ゆっくり降下する円形の空間のなかで潤はぼんやりと思った。

 なんにせよ、普段と違う日々はそれなりの色を残した。これはトラウマではなかった。

 このまま家に帰ればまた、明日から日常だ。雲雀はそろそろ去るかもしれない、実のところ具体的には祥真しか知らないのだけど。
 今日は夕飯何がいいかな、ぼんやりと考えていて帰りの車で、はっと気づいた。

 知らないけど知っている景色を走っている。少なくても帰路ではない。一体どこへ向かうのだろうと祥真を見れば、わりと淡々とした表情で。

 雲雀は朝から起きていたせいか後部座席で寝ている。
 静かだ。しかし街はまだ、賑やかだ。

「祥ちゃん、いまからどこ行くの」
「成田」
「へ?」
「雲雀の父親と今日、待ち合わせをしてるんだ」

 なにそれ。

「え?」
「クリスマスまで待ってもらった。クリスマスが限界だった」
「え、待って、」

 どういうこと?

「悪い、言い出せなかった」

 そう言う祥真の横顔はやはり淡々としていた。

あぁなんだ。
そっか。

「まぁ、漸く静かになる」
「潤」
「俺子供嫌いだし」
「ごめん、」

 漸く眼が合った祥真の表情は。
哀愁があって、昼の光が照っていた。

「俺は潤ほど純粋じゃないんだ」
「祥ちゃん?」

 耐えられなかったのかもしれない。
 少しの幸せと、そんな寂漠に。
 ずっと続けばいいかもしれないと少しだけ思ってしまったときのあの恐怖は、多分君には伝えたくないんだ。

「大丈夫?」

 だけど君は。

「…優しいね」

 あと一歩で俺が狂えないのは、こんな乾きに似た甘美な鎖は君でしか味わえない。どうしてだろう。君は、どうしていつでも、そんなヤツなんだろう。

 君を裏切った時君は一体どうするんだろう。俺を問答無用で殺すだけの優しい強さがきっとあるんだろう。だから俺は君なんかと巡り巡って出会ってしまったんだろうな、そんな思いが駆けめぐった。

 そう言えばあいつに言われた、「自殺願望ならよそでやれ」と。そう言って昔、あいつは俺を戦地から日本に戻した。そして潤に出会い、まさかの、そいつが潤の上司となるだなんて。

 優しい奴ほど残酷なんだ。俺は死にたかった。

 陶酔に浸りたくてカーステレオを変えた。全く違うタイプの曲で、潤が笑って、「すげぇな」と言った。

「綺麗だけど」
「あぁわかる。歌へったくそだしギターも、無難な精度だけど好きなんだ。俺はこれくらいがいいや」


畸形の魚が 綺麗だった
硝子越しに ただ見とれていた

プールサイド 似てたんだ 君と僕はあの魚と
プールサイド永遠に 感情を失くして泳ぐ


「確かに俺もこういう方が好きだ」
「わかってくれる?この人声があれだから好き嫌い分かれそうだけど。じゃぁ先輩の曲も掛けよう、あとで」

 祥真のこんな、なんかの曲とかを勧めてきたりとかそんなのは珍しい。大体は潤がその立場なのに。

 成田まではそのアーティストを聴いた。最初は違和感があったけど、移動距離を共にしたらクセになるような、そんなアーティストだった。

 成田について、車を止めて。
 祥真が鼻唄を歌い始めた頃だった。
 一向に祥真は外に出る気配がない。なんだろう。疑問を感じていると、そのうち運転席の窓を叩くものがいた。

 その人物を確認するや祥真は、頷いてドアを開けた。

 助手席から見えた人物は明らかに、まともそうな人ではなかった。というのも職業病だが、不自然にやせ形で目が血走った、けれどもお高いスーツを着ている、まぁ言うなれば『ジャンキー三下ヤクザ』のようなやつなのだ。

 黙って見ていればその身一つ、そして祥真は後部座席を開け、まだ寝ている雲雀をそっと抱き上げ、一泊分の荷物が入った雲雀のリュックを持って、男に、まるで荷物のような軽さで手渡したのだった。

 それから男は立ち去る。祥真が戻ってきて何事もなかったかのような表情で車を走らせた。

「祥ちゃんっ…、」
「ん?」
「あの人は?」
「あぁ、雲雀の引き取り手だよ」
「引き取り手って何」
「育ててくれる人」

 気のないように祥真は言う。

「待ってよ、それって…」
「なに?」

 今度は3ピースバンドが耳に付く。

「潤、」
「何、」
「俺は…」

 しかし祥真の初めて見る表情。
 泣きそうなような、けども笑顔な、不安定な表情だった。

「俺は君ほど、やっぱ強くないんだ」


小さくて ちっぽけな 僕たちは
一人ぼっちになってもまた 旅に出るよ


 優しいサウンドが狂気を感じる。
 違うんだ。違う。

「祥ちゃん。
 わかってる。あんたそんな強くない。
けど俺はあんたを信じたいんだ。一緒にいるだけで、それだけで」

言えない。
言葉が|弾詰《ジャム》る。
けど、発射してくれ、想いのように。

「冷たい場所へは、行かせないから」

 そう言った潤の泣きそうな、けど泣いていない瞳には。
 やっぱり綺麗だ。そして強かった。

 だから言えない。
 自分はこれを飲み込まなければ自分を殺してしまうだろうから。

 それから祥真は曖昧に笑った。
 詳細を聞くことも、なかった。

 雲雀の所在を知ったか知らないか。
 潤がニュースで蜷川財閥の摘発を知ったのは、それから日も浅かった。

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