マジック×飛行機×漢字
少年は知る、この衝撃は血液として流れ込むんだ、ここにいる。僕はここにいるんだと。
しかしそれを知ったのは12歳でもなく、どちらかと言えばテスト用紙の裏に書かれた夢のように青空を切って
「あのー、」
曇り空を割っちまうような青春を歩んだ。そこには腹に響く低いエレキも、けれど行く宛もなく。
少年は正座をして原稿用紙からあたしに上目遣いをする。
「なんだい少年よ」
少年の名前はラスベガスとは、程遠く。
腹が減っちまったのかとあたしはタバコの火を消して、飴玉くれぇはねぇもんかとぼんやりと1kを眺めるが、あるのは丸められた原稿用紙ばかりだった。
「なつめ先生」
「やめろよ、文豪みたいだろ、それ」
「どうしてここは12歳なのでしょうか」
「あぁ、ねぇ。11歳の少年と少女がラストで二人手をとってどっかにいっちまうからだよ。まぁ、あたしは観たことないけどね」
「それはまた映画か何かでしょうか」
「またって言うなよ」
ただただしょんぼりとした様子の少年は19歳、そのトロッコを夢見てただただ頭を垂れる人生に辟易としていた。
目の前にはまさしく頭を垂れて「すみません」と言う小学生が原稿を持っているのが現実だったとして。
「謝んなよ、まぁいいけどさ」
壁に立て掛けられた黒いランドセル。「6年3組 遠山晃」。ここ半年ほどこの少年はこうして通い妻のように朝から夕方くらいまでここに来ている。
ブランコで一人浮かない曇り空のような面していたこの子供に餌を与えてから、ずっとこうだった。
再びタバコの火をつけると少年は「どんな映画なんですか」とあたしに訪ねる。
「だから、観たことないんだよ」
人生に行く宛なんてどこにもなかった。
もぬけの空のだったその心に染み渡るのはワーグナーでもない、廃れている。あの日書いた夢も抱いた幻想もこの廃屋には無縁だったのだと、たった19年を仰ぎ見て、涙すら出てこないほど気が狂っている気がしていた。
「そういうものなんですか?」
「そうだよ。小説家は夢を書いて飯食ってんだから」
「あぁ、それで『テスト用紙の裏に書かれた夢のように青空を切って曇り空を割っちまうような青春を歩んだ。』なんですね」
「読むなよ恥ずかしいだろ」
「どうしてですか、僕はここ、素敵だなと思いましたよ」
「あぁ、いい歌だよな」
「歌?」
「ちびっこは生まれてないのか、この歌。
お前何年生まれ?」
「平成19年です」
「えっ、」
いまが30年だったとして20…17だっけ、なんだっけ。でも間違いなく紙飛行機の歌はとうの昔だ。確かあたしが丁度…こいつくらいの歳だったから。
「これは歌なのですか?」
「そうだよ、丁度19歳で出したんだとよ」
「うわぁ、凄いですね」
「当時流行ったもんだよ。どこ行ってもそればっかりでうんざり」
「そうなんですか」
けれど、俺に明日はない。初めからそんなことわかってたじゃないか、廃屋の屋上で飛び立つ鳥たちに自己投影を図るほどにはもう、この飴は舐め尽くしてしまっていて、
「…なつめ先生」
「だからさ、」
「どうして学校って行かなきゃならないんですかね」
「は?」
少年は俯いて、原稿用紙の端を握った。
どこから来てどこへ行くのかと問うようにバカらしく、エレクトリックだった。
「…僕は上手く、クラスに馴染めなくて」
「ふーん」
「クラスでは「ウジムシくん」って呼ばれてるんです」
「でもお前もう中学生じゃん」
「中学だって、あまり変わらないでしょ、そういうのって、でも、」
「頭のいいガキは大変だな」
クラスで馴染めない。
タバコの煙が霧散する。夜に忍び込んで、校舎の窓を割っちまうような、破天荒な人生を歩みたかったのかと自分に聞いてみたってそれは空耳だ。
あたしは本当に幸せになれるんだと思ったことなんて、一度もなかったのだから。親も、回りの大人も、全てが灰色に感じて仕方がなかったんだ。少なくとも、暴力的に世界をとらえていた、頭悪く。
「僕は人より、頭が悪いんですよ、先生」
「まぁ、大抵はそうだろうな」
「集中もできない、先生たちの話がわからないから、病院にいかなければならない」
「あぁそう」
大層…
退屈でつまらなくて、偏見と、差別に近い眼差しで12年を過ごしたのかもしれないけど。
「だからって」
「あぁ、うん」
「僕の席はどこにもないだなんて、寂しくて、」
「ブランコ少年よ」
きっと君は。
「頭使えよ。ブランコがあるんだし、机くらい投げ捨てたらいいんだよ、」
「え?」
「あたしはやったことあるよ。2階から、「先生見てて」って発狂して「幸せなら手を叩こう」ってゲーム。焦ってたなぁ。手すりに足掛けんだよ、あれ、マジでやったらこいつ、「ホントに死にやがった」って、あたしの好きな人は後悔するかなとか、それくらい自分を過大評価してた」
「…なんですかそれは」
「映画だよ。みーんな、なぁ、何が気持ち悪いだよな。誰を愛そうが勝手だろうよ。金もなくてそうだな、ちょっと死にかけたし大事な命も亡くなった」
「…なつめ…さんは誰かを殺してしまったのですか」
「ああそうだよ。たったひとつのものだった。好きな人ともおさらばした」
だから出ていきたくなった。
出ていっても幸せは来ないと思ったから。
「本当は大人になって、一緒にトロッコに乗って町を出るつもりだった。ダニエルとメロディみたいに幸せはわからなかったのは子供だったからだ。結局、頭のおかしいガキだって、一人だった」
「なつめさん、僕はけれど、なつめさんのようになりたいです」
「なれたらいいな。そしたらお前はどこにいるんだろうな」
「ずっとここにいたい」
「ダメだよ」
あたしは新しい原稿用紙一枚とマジックを取り出した。
「思い付いたんですか」という少年に「そうだよ」と生返事をする。
「その没原稿は君にやろう」
「え、くれるんですか」
「あぁ。もう思い付かないし」
「続きはどうするんですか」
「漢字一文字で終わる。気に入らなかったら君が書けばいい。そんな自殺小説、誰も読みたくないだろうからね」
あたしはあのとき、そう。
ポケットに入れて蒸発してしまった飴玉のように、愛を信じていたのかもしれない。
「でも僕は先生の小説が好きだ、先生が好きだ、だからこれは受け取れないですよ、」
そんなものはもう漢字一文字でいいだろう、気に入らなかったら…。
気に入らない。けれど少しは気に入っていた。主人公に、愛を見せていたかったから。
丸めてしまいたいそれを、どうしてだろう、泣きたくなる手前で「あっち向いてろ」と少年に指示し、縦、斜め、そうやって折って、目についたランドセルに刺した。
「少年。明日からは学校に行け」
「え?」
「所謂、《完》だ。巻末にしようじゃないか」
「どうして」
「もう少し前を向いた方がいい。自分は、お友だちなんだぞ。わかったらせめて…まぁ終末に来るように。先生の教えは以上です」
「嫌です」
駄々をこねる子供の腕を無理矢理引っ張り立ち上がらせる。
「痛い、痛い」と言いながら、原稿は話さなかった。じゃぁまた、そうも言えずにランドセルを窓から投げ、少年を玄関から放り出した。
《完》
誰も知らない、知らないやり方で。
※[大]やはり長くてすみません(-人-;)[/大]
「小さな恋のメロディ」という映画を
観たことがないなら早く観た方がいいぜ
by BLANKEY JET CITY
- 29 -
*前次#
ページ: