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 初めて涼を見たとき、ずっと本を読んでいた。だから、本ばかり読んでいる印象がどうしても強かった。

 きっかけは本当に些細なことだった。祐介が、余った委員会に入ったらそれが図書委員で、涼と一緒だったのだ。
 だが始めは、極端に人付き合いが苦手な涼に話をかけることができなかった。

 祐介が涼と話す機会を得たのは、涼が読んでいた小説だった。

 国語の教科書に載るような、有名な作家の代表作。作家の没後60年ほど経った今、文庫化して話題になっているのだ。

「あ、」

 涼は祐介の短い一言に、本から顔をあげた。

「…何?」
「俺、その本読んでみたかったんだ。やっぱ、面白い?」
「うん…面白い、よ…」

 何だか、あまり話す気がないのかな。そう思うほどにあっさりとしていた。大体、読書を邪魔したよな…。

 そう思って祐介が黙り込むと、涼は急に慌て出す。

「あ、ごめん、何話ていいか、よくわからなくて…」

 そのとき、祐介は思ったのだ。不器用なんだなぁ、と。

 だったら、話を振ってあげよう。

「どんな話?」
「小さい頃から、自分をつくって生きている主人公が、最後、すべてに絶望して麻薬中毒になるんだ。
とても大まかに説明するとね」
「タイトルまんまだね。暗い話…」
「そうだね。この人の話はどれも暗いよ。当時の“エゴイズム”の風潮に乗ってる」

 そんな、些細な会話から始まった。

 そんな涼とも、3ヶ月もするとすっかり打ち解けた。

「今度新しい本が入るんだ。その本、俺が頼んだんだけど、おもしろいから是非読んでみてよ」

 本の仕分け中にそう話を掛けてきた。打ち解けてくるとこうして、話題ができる。

「分かった。楽しみにしてるよ」
「佐奈子も気に入ってるみたいでね、」
「…佐奈子?」

 祐介がそう、にやにやして聞き返すと、涼ははっとした顔をして、「あ、…いや、3組の栗原佐奈子」と、たじたじながら答える。

「えぇ、もしかしてぇ!?彼女?」
「違うよ…」

 正直、祐介はあまり本は好きではなかった。だから、本の話になると適当に受け流すしかなかった。だが、本の話は涼との話題であったため、少しずつだが本を読むようになった。

 もし、一度だけ祐介と涼にチャンスがあったのだとすれば、2学年に上がる少し前の出来事しかなかっただろう。

 暇さえあれば、というよりやることがある授業中などでも構わず活字を目と脳で消費している涼が、その日は珍しく何もせずに空ばかり眺めていたのだ。

 話を掛けても上の空で、無理して話をしているように思えてならず、祐介はとうとう昼休みにその原因について訪ねてみることにした。

「涼、どうしたの?」
「え…?うん」

 さっきからこの調子。

「ぼーっとしてんね?」

 涼は黙って祐介の顔をじっと見たあと机に横顔を乗せた。祐介は一瞬、突っ伏して泣き出すのかと思って少し焦る。

 まだ涼の表情は意識を置いていない。何気ない日常を、ただただ垂れ流してレンズを通しているだけのようだ。

「…涼?」
「…祐介はさ、例えば自分のせいで誰かがそこから去ってしまったら、どうしたらいいと思う?」
「…え?」
「…。もう、あんまり会えなくなるなぁ。俺ね、腹違いの同い年の姉がいるんだ。仲、いいんだ…。
近くにいるけれど、あまり話しかけたり会ったりすると、傷つけてしまうかもしれない」

 この時の祐介は、3組の栗原佐奈子のことなんて忘れていた。

「何で?いいじゃん。近くにいるんだし」
「…そぅかなぁ。…もう、家とか違う場所にもなるし…良くないよ」
「何でよくない?」
「親、いなくなったから」

 祐介にはそんな経験なんてない。だが、まぁプラスになるようなことを言えば勇気づけられるだろうと、甘く見たのだ。

「キツいね。でもさ、会いたいならいいじゃん、会いにいっちゃえよ。自分の気持ちだろ?親のせいで振り回されるなんておかしいよ。子供に罪はない!」

 だが涼は、笑おうとして失敗した涙目で、一言だけの真相を告げた。

「母さん、今朝、起きてこなくなっちゃったよ」

 生み出された結果は、酷く濁っていて鮮やかに澄んでいた。

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