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あとで知った。涼の母は睡眠薬の過剰摂取により自ら命を断ったのだと。
今更ながらに反省をするならば、何事も甘く見すぎていたことだ。
それは4ヶ月前に涼が自殺を図るまで、近くにいながらも気が付かなかったことだ。
あの時の涼の顔。
いまだにはっきりと思い出せて、こうして他人に話している。
「…涼が、そんなこと言ってたんだ…」
そればかりは、さすがに佐奈子でも気付いてあげられなかったようだ。
「無神経でした。俺は」
あれが恐らく、涼が祐介に心を開くか開かないかの分岐点であった。不謹慎ながらも涼の母親の件に、そういう解釈をする。
「そうだね。それを、ネタにして話しているあなたも」
棘のある佐奈子の言動に、祐介は少し怯みに癇に触った。
「ネタって…」
「いいの、ごめんなさい、小言だよ。
ただ、どうして涼がそれを私に言わなかったのにあなたが私に言うのだろう、とね。
…いい。言えば止まらない、何でもない。あなたなんかに言っても、もう仕方ない」
「…どういう意味ですか?」
佐奈子は、答えずに祐介を少し睨んだ。嫌な雰囲気になったそのタイミングで、空気も読まずに真由が図書室に入って来た。
「先輩〜聞いてくださいよぉ〜」
「どうしたの?」
祐介には決して向けない優しい口調で佐奈子は真由に訪ねた。
「マジ、友達のリアル見たんですよ〜。そしたら、『マユ、マヂ最低、死ね。チャラいんだよ』って書いてあったんですぅ。何もしてないのに!私全然チャラくないのに!
きっとぉ、そいつのことキモいって友達に言ったのバラされたんですよ。
はぁ〜。彼氏からも2時間もメールも電話もシカトされてるし、私の見方なんて誰もいないんだ…。マジ病みますよねぇ」
祐介が佐奈子の顔を見てみても、やはりなんの感情も読み取れなかった。
お前の病みはそんなものか。栗原さんはいったい、こいつの話をどんな心境で聞かされてるんだ。俺はイライラするぞ。
「でもぉ、心配してくれる人も、いましたぁ。そしたら、友達も彼氏と別れちゃっててぇ、二人で病んでました。もう、病み気ですよ〜最近ヤバイ」
「あのさぁ西野さ」
「可哀想ね」
言葉を佐奈子に遮られた。佐奈子は、真由の頭をよしよしと撫でる。
「もう、私なんか必要ないのかなって…あぁ、病むわ〜」
真由は語尾が妙なイントネーションで言う。勝手な考えだが“病む”に真実味がない口調である。
「まるで、口癖みたいに言うんだね」
「最近病むことばっかで」
「可哀想だね。また傷増やしたの?」
「昨日、やっちゃいましたぁ」
「水中にその手首突っ込んだことある?」
「まだぁ、そこまではないですぅ」
「そう…。じゃぁ三船くん、失礼するね。さ、真由、いこ。話を…聞いてあげる」
どうしてこんなにこの人はこいつに優しくしてるんだろうか。
「ありがとうございますう、」
彼女は、西山真由に対して普遍的に優しい。それが不自然で仕方がない。当たり前ながらあんなやつなんかよりも自分の方が辛いだろうし、あいつよりも辛い人生をもう一人見てきたのに。
あの優しさは、もしかすると裏返し、哀れみなのかもしれないな。「可哀想ね」というそれはある意味本心かもしれない。
どんな境地にあの人は居るのだろうか。どうしていま、あんな意味の分からない、そしてこんな意味の分からない他者にこうも違う形、接し方であるにせよ関わるのだろう。
そんな完璧な人間が、果たして本当に居るのだろうか。
「栗原さん!」
多分いない。
背中に呼び掛けるが閉ざされたドアに声は飲み込まれてしまう。祐介を一人置き去りにして佐奈子と真由は階段まで歩いた。
「マジ…あの人今日、先輩のこと聞きに来ましたよぅ」
「へぇ、どんな?」
「何かぁ、あの後俺のこと言ってましたかぁって。ちょーキモい!」
佐奈子は無言で、階段を一段上った。降りようとしていた真由は、「あれぇ?先輩ぃ?」と言いながら振り向く。
「ちょっと私も病んでるみたい。屋上にでも行こ」
髪を耳に掛けながら言う佐奈子に真由は、
「そぅいうことならぁ、いいですよぉ」
と快く返事して、佐奈子に付いて屋上に向かった。
佐奈子は手摺に腕を乗せて体重を預け、秋風の向こう側をただ眺めた。
真由には何故かその姿が少し異様に見えた。
「落ちないでぇ、くださいね」
「真由、」
「はい?」
佐奈子が真由に振り返る。秋風が佐奈子の長い髪を拐って行こうとするように、横に靡かせた。それはとても柄になっていて綺麗だ。
「私、あなたの友達ほど、甘くないの」
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