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 僕らはまだ、太陽が照る前に城を経ちました。

 恐らくローズマリーは、全てに疲れていた。全てを捨てて僕を呼んでくれたんだと、僕は彼女の何にも気付かないでいたのです。

 僕は庭師として、鋏くらいしか持つ物などない。しかしローズマリーも、荷造りと言ってもそれほど何も持たずに城を出ました。

 僕はそれよりも、家族の顔を思い出しました。8歳だった妹は今頃、僕が初めてローズマリーと出会った日のローズマリーと同じくらいの歳だろうし、兄は30代半ば、最早新しい家族を始めているかも知れないし。
 両親は一体どうしているだろう。あれから生活が少しでも豊かになっていたらいい。

 勝手ながら僕は、この二人の旅を、どうしようか、二人でどこへ行こうかと考えれば、
あの、ブーゲンビリアを祝言で置いて教会を一人立ち去った日を思いました。今となっては、あの虚しさはもう、ない。

 二人で生まれ変わる日々が、やって来るのだろうと。
 きっとローズマリーは疲れ果て、|あそこ《城》を捨てた。

 僕は彼女にまず、「街に着いたら寄りたいところがあるんだ」と告げました。

「寄りたいところ?」
「そう、」

 僕はきっといま幸せなんだ。ローズマリーと二人で生活を、生まれ変わって、送るんだ。
 君へのプレゼントはきっと、シルバーだと。

 朝が明けてくる。宇宙の呼吸は二人きりで迎えるんだ。

 ローズマリーには、やはり昨夜の情熱から疲れて見えました。確かに、睡眠はあまり摂っていない。着いたらローズマリーをどこか宿へ連れて行こう。
 その疲れたローズマリーの微笑すら、僕には光のように見えていたんです。

 街まではそう遠くなく、馬車で少し行けば着いて。
 朝日が照ったローズマリーの碧眼は細められ、にわかに笑ったように見える現象が、綺麗で。

「ねぇ、ローズマリー。
 僕はね、君が、とても愛おしくて、君がいれば、もう何も要らないんだ」
「…ブロッサム、」
「だから、僕は…。
 君に会えてよかったんだ。僕の居場所は君なんだよ、ローズマリー」
「…そうね」

 遠くを眺めるローズマリーの、白に近い髪は、深海からふわりと浮くクラゲのように、光となって僕の眼に命をくれたような切なさで。その美しさに魅惚れる僕は、僕は。
 どうして泣きたくなるんだろうかと考える。君はそうやって、僕の存在を与えてくれたんだ。

「僕は君がいなければ…」

 こんなに人を愛することをしなかっただろう。待ち焦がれる哀愁も、愛する人を案じることも。僕は全部、君から貰った。

「ブロッサム、貴方だけね。
 最期まで、愛してくれるかしら。こんな私でも」
「君だから愛せるんだ」

 ローズマリーは綺麗に笑った。何かを、決心してくれたように。

 それから早い時間に、僕が昔住んでいた花屋に着いた。まだ、店は開いていない。

 僕は突然ながら家族を訪ねようとしたが、ローズマリーが「待って、」と言い、僕に何か、手紙を渡してきたのでした。
 いつローズマリーがそれを書いたのかは、僕にはわからない、しかし宛名は僕の家族へと、書かれていました。

 「開けないで」と照れ臭そうに言ってからローズマリーは、「ブーゲンビリアと、一緒に置いておいて」と僕に命じました。
 僕が怪訝ながらも花束と、手紙を添えて店の扉の側に立て掛ければ、ローズマリーは、まるで愛おしい物を見るような慈悲深く、暖かい瞳で、しゃがんでそれを眺めていました。

 しばらくそうして、手を合わせて何かを祈るような仕草をしてからローズマリーは立ち上がり、「…ブロッサム、貴方の行きたいところはどこ?」と僕に尋ねてきました。

 しかし僕は考え、「まずは寝ようかローズマリー」と提案し、宿を探してローズマリーを休ませました。

 ローズマリーが普段使っていたシルクのベットよりも遥かに平民的なコットンでしたが、促され、ダブルベットに二人で寝転べば「ブロッサム…」と、熱い吐息で。

 だけども僕は情欲を一度殺し、ローズマリーの額に口付け、「まずは休みましょう」と、緩く抱き締めました。

 暫くそうして、僕がローズマリーの髪を弄んだりしていれば、ローズマリーは眼を閉じて小さく呼吸を始めました。

 こんな刻が、ずっと続けばいい。

 朝陽が登って来た頃、今頃家族はブーゲンビリアと手紙に気付いただろうかとぼんやり考え、お金を持って宝石屋に一人で行きました。
 ペアリングを買って宿に戻り、まだ寝ていたローズマリーの隣に寝転び、少し仮眠を取った頃。

「ねぇブロッサム、」

 ローズマリーの濡れた声と、首筋に回された白い腕、鼓動を感じて眼を開ければ、妖艶にローズマリーは微笑み、はだけて肩が露出したドレスを直さず、僕の上に抱きついて来たのでした。

「私を汚して、ブロッサム」

 僕は微笑んでローズマリーの肩からドレスを剥がし、その首筋に口付けをして、唇や舌で彼女の鼓動を|聴《だ》きました。

 生きている。呼吸すら愛おしく、もどかしい。
 彼女の白い肌は、前より随分痩せてしまったのだけど、僕は暖かさに、宇宙のような、深海のような情を抱きました。
 いつの間にかこんなに激しく、愛していた。息が詰まるほどに。

 彼女の甘く切ない、僕を欲する声に、僕は沈んでいったのです。全てが、鮮やかに情熱を刻み、時空の舞踏は微笑をたたえているように、溺れていきました。

 切なさに揺れる花弁のような彼女の照った肌に、風の形を知るように。
 ローズマリーが空を仰ぎ、僕の名前を呼ぶのが、痺れるようで。

「ねぇローズマリー、ねぇローズマリー。
僕は、君を、愛しているんだ」

 ローズマリーに背中を抱かれて痺れが最骨頂に、頭が真っ白になれば、ただただ互いに抱き締め合い、キスをして。二人きりで宇宙を旅するような微睡みすら、静寂に輝く満ち足りた僕の幸せでした。

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