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これから僕らは果たしてどこに行くのかと、しかしそれほど重くもなく捉えていました。
ドレスを纏ったローズマリーに、指輪を渡そうと考えたや矢先、ローズマリーは「海が見たいの」と言いました。
僕は「いいよ」とローズマリーに答えて二人で海へ、
丁度北の方角に向かいました。これはローズマリーの城から僕の家よりは長い道のりでした。
昼に出て夕方に着いた海岸は紅く、まるでずっと続いているような、地平線に沈む夕陽のプリズムも、美しかったのです。
白く輝く髪がキラキラとしていたローズマリーに、僕は漸くあの指輪を渡そうと考えました。
ドレスも気にせず海岸線に座り、日が沈むのを見るローズマリーは僕を振り返り言いました。
「ブロッサム、貴方には見えるかしら。私が過ごしたこの海の景色が」
ローズマリーが何かを告げようとしている。隣に座り髪を鋤いて「ローズマリー?」と聞けば答えなかった。
遠くを眺めるローズマリーの瞳が儚かった。
燦然とした三千億の、キラキラした光の渦のような世界。潮の匂いがあって。
「ねぇローズマリー、」
「朝になれば靄が掛かってしまうの。夜の靄よりも冷たいものなのよ」
「…あのね、ローズマリー」
静寂に揺蕩う波は、世界の漣のような気がしました。
どことなく儚い確かな冷気にも静寂な旋律があり。
僕はローズマリーを見つめて。横顔が、涙で光っていて。
僕の世界が崩れてしまいそうな、嫌な予感がしたのです。
僕は涙を指で拭い、「ローズマリー、」と優しく囁けば、ローズマリーは僕を見て呟くように言いました。
「私は愛されなかったの」
と。
僕には、君がどうしてそんなに悲しいことを言うのかがわからなくて、「どうして、」と俯いてしまった。
「お父様も私を汚し、お母様とアリッサムもそうだった」
「僕は、」
「けれどずっと、私は何も知らないままの少女で、ただそれだけでよかったの。ねぇブロッサム」
また一条を流して、その光る強さに、
君はいつから、君自身を壊してきたのだろうと感じました。いつか僕と出会った日の少女の様に、硝子細工は、散りばめられてしまったのかと、そう感じてしまった。
それでも僕は、待ち焦がれるほど君を愛していけるのに。
彼女はまるで愛を乞うように小さく|呼吸《いき》を吸い、立ち上がるのと同時に僕のパルトに手を忍ばせました。左のポケットに、庭で使う鋏が入っていたのを思い出し、ハッとしました。この鋏は、花が好きなローズマリーに花をいつでも届けようとした僕の癖だった。
彼女は鋏を抜き取って、ゆったりと水面に歩いていきます。
不穏な空気に「ローズマリー、」と声を掛ければ、自分の声が情けない程に震え、白い息になる。
彼女は僕の声に振り向き、「ブロッサム」と悲しい顔で笑いました。
「海は私を枯らしてしまうのよブロッサム」
「…ローズマリー?」
「あの人に私は愛されていたの、ブロッサム、ねぇ、そうでしょう?」
叫びに近い喉で言う彼女の寂漠が押し寄せるようで。
彼女は、ローズマリーはただただ、愛されたかったのかもしれない。そんな普遍が、彼女の世界には、必要だったんだと知る。
指輪を思い出す余裕は僕になく、「僕じゃダメなのかローズマリー、」と、泣きそうになって言うが、
「貴方は私を愛してくれても、汚れないのよブロッサム。私色には染まらないの」
「そんなことない、そんなこと…!」
どんな君を汚れていると感じるのか。ねぇ、ローズマリー、君はそうやって世界を、
「私はだから、誰にも愛されないのよ」
世界を、拒絶したんだ。
汚れた世界の入口から。
漣を過ぎ、腰まで浸かったローズマリーを、その、花を枯らせる海から引きずり出したい、まだ、まだ戻れると、僕は走り、後ろから抱き絞めたけど、その途端にローズマリーは崩れ落ちるように僕の手に収まりました。
僕は眼を疑いました。
苦しそうに、だけど微笑んだ綺麗なローズマリーは、右手で鋏を腹を差し、何度もそこに刺しては噛み締めて耐え、「ローズマリー…!」と僕が制すればその手を、血塗れた紅の混じる手で制して、僕の首筋に伸ばしてきました。
彼女は小さな息で愛を乞うように、唖然とした僕に苦し紛れにも、口付けをしました。
「また会いましょう」
広がる朱が、
そうか、これが僕に対する愛なのか。
ローズマリーを抱き絞め、二人で冷たくなるまでそうしました。
涙が、止まないんだ。
赤い血が美しい音のように、また生き始めたような気がしました。僕は、その手で鼓動を聴き、世界が音を立てて崩れて行く様が、クラゲのようにゆらゆら揺れる髪と、革命の夜として儚く鮮やかに、ありふれた切ない朝を、迎えました。
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