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 燦然と、億の光が朝を照らして僕に降り注ぎ、まるで眼を潰すような輝きの渦に。
 身動きすら一つとして、押し潰されるその輝いた世界から這い出ようとして、僕はローズマリーを抱き抱えて海を出た。

 泣くことすら、遠い。

 静寂の情景に、潮の匂いが満ちていて。
僕がどうやって這ったかは覚えていようがいまいが関係なかった。

 僕はそして今、海から見上げていたはずの、古塔のような城にいる。

 アリッサムの城で目覚めたときには、シルクのベットの上で、呆然と窓枠から燦然とした、三千億はあるはずの昼の光を眺めた。眩しくて顔を背ければ、窓の横にある白い木の花が、輝いていて。
 僕が目覚めれば、メイドが何人か僕に話し掛けてくるも、答えられなかった。
 ローズマリーの城より遥かに召し使いが多い。実質あそこで僕は唯一の執事、だったのだから。

 メイド達が話している、僕は色彩に弱い盲人だからと。何故知っているのかそうか、記名はしなかったが祝言でブーゲンビリアを置いて去ったからか、と。
 きっとローズマリーが話したんだろう。僕の目のことを。

 とりとめのない思考が意識から垂れ流されるように廻った頃、「気が付いたか」と、男の声がして。
 側に座った男は、あの日よりも男らしい顔立ちになったアリッサムでした。そこで僕は漸く、意識を現実に引き戻した気がしたのです。

「…アリッサム王子」
「…妻を、戻してくれて礼は言わない。結果、戻ってなどは来なかった」
「…何を言っているのかよくわかりません」

 アリッサムは慈悲深く僕を見て、一息吐いて言った。

「きっと私が彼女を、引き止めていればよかったんだ。突然出て行ってから何年も、私には祈ることしか出来なかった」
「え?」

 なんだろう、それは。
 アリッサムは悲しそうに笑った。そして続けた。

「そうか、君はきっと、私が彼女を追い出したと、そう聞いたのかな」
「いや、」

 そう言えば特に、城に帰って来た詳しい経緯などを彼女の口から聴いてはいなかったと思い出しました。

「…ある日彼女は部屋から消えていた。後に潮風に乗った噂から、彼女は病身で生まれた城に帰ったと、知った。
 私は病身でも彼女を愛した。そしてあんなところには帰らない方がいいと私は彼女に言った。
 多分その束縛が悪かったんだ」

 僕が見ていないローズマリーを、彼は懐古のように、語るのでした。

「彼女は、愛を知らずに育ったんだと語ったことがある。だから私が迎えに行った時は驚いたようだ。何故私が、どうしてと。
君は知っているかもしれない。あの日、私が初めて城に行った日。
 彼女は私を誘い入れた。王の血が流れる私を犯してくれとまで言った。どうせ金でここへ来たんだろうと。
 そうか、愛されていなかったのかと悟った。あの日彼女と話しているうちに、その確信はより濃くなった。
 獣だと、言ったんだ。自分の父を。
 しかし話をゆっくり聞いていくうちに、彼女はよほど辛かったのか泣き始め、もう聞かないでと私を拒否した。身を切るような思いだったのかも知れない」

 僕が知るあの日と、もしかしたら違うかもしれない。

「私は王妃に、彼女をくれと言った。美しい彼女に愛情を教えたいと。王妃は快諾したが私は付け加えた。彼女がよしと言ったらにしようと。
 しかし次の日に現れたローズマリーは、まだ心を開けずにいた。私はわかって欲しくて、ゆっくり、ゆっくり日を掛けて話だけをたくさんした。だから彼女は、始めの頃、私がどうして彼女の靴を磨くのか、笑い掛けるのか、労るのかを理解できなかったように見えた。
 愛に飢えながら彼女は、自分を愛せずにいたんだ」
「貴方が強引だったのではないですか」

 少し食って掛かればアリッサムはやはり悲しそうに笑い、「そうだ」と言いました。

「愛情を怖がるなら、自分を愛せないなら私を、ゆっくり愛してくれと乞うた」

 それは…。

「あの日貴方はローズマリーに、乱暴なことをした」
「確かに。ローズマリーの花を知らずにローズを持って行ってしまったからね。彼女はそれを後で私に言った。だからつい私に投げつけたと」

 もしかして。
 いや、真相はきっとわからないかも知れないけど。

「噛みついたのは、」
「そう言う趣味なのかと思ったんだ、あの場で。噛みついて血を抜き取ってくれだなんて、若い私は困惑したよ」
「…貴方はそれでもローズマリーを愛していたのですか」
「ああ…」

 俯いてから彼はふと、ドレスの内ポケットから何かを取り出した。
 ハンカチに包まれたそれは、あの鋏だった。血は付着しておらず、僕が使ってた頃のままのようだ。

「…なんとか血は落としたんだ、ブロッサム・ブレス。
 彼女はよく君の話をしていた。ローズマリーの花を教えたのは、君らしいな」
「えっ…」
「庭師がおらず、花は好きだが大体は、君と出会って知ったのだと。だから私が君の…ブロッサムの花を教えた。海風が酷くてこの辺では花は咲けないが、遠い国の“サクラ”を見て、彼女は喜んでいたよ」

 僕は王子の横に見えるその額縁を眺め、想いを巡らせた。

「ブロッサム、サクラは、春先に咲く薄ピンクの花だそうだね。私も彼女のお陰で花を知った。春を、運ぶ花なんだそうだ」

 僕は何も答えられずにいました。僕だって、“サクラ”を知らずにいたのだから。

「君にはこの色彩が見えないだろうと、彼女もそんな風に、悲しそうにあのフィルムを眺めていたよ。赤いドレスがなくなって彼女が去ったとき、悟ったんだ。
 君はどうやら優秀な庭師のようだね。私に春を…ローズマリーを、ここへ、運んでくれたんだ、どんな形であれ」

 僕は。
 引き裂かれるような切なさに、漸く、声を上げて泣くことが出来た。
 彼はきっとこんな風にゆっくり、彼女の話をこの城で聴いたのだろう。それがきっと支えになり、だけどこの痛みに、きっと、彼女は耐えられなかったのかもしれない。自分の信じたローズマリーに。

「…結果辛い想いをさせた。
 ブロッサム、君の花言葉を彼女は最後に教えてくれた、“精神美”だと。君はこれまでたくさんに、耐えてきたのだろう。サクラが咲く国ではあれは、とても…強いらしい」

 そうなのか。
 だけど僕は。
 彼女の気持ちをわからなかったんだと知りました。だから彼女は、ローズマリーは、咲けなかったんだと。

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