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生まれ変わることがいつか出来たなら。
僕は王女、ローズマリーに最期の口付けをして彼女に似合う花を添えました。
シルクのベットに横たわる君は僕に「花を頂戴」と言ったのを覚えています。
僕の世界はその瞬間、彼女一色に変わったのでした。真っ赤な、ローズマリー。
彼女は、名の通り花が好きな人でした。
シルクのベットに今横たわる君は、静寂を守り、祈るように手を組んで寝ているのです。
しかしいつものように、「お目覚めですよ、ローズマリー」の一言は発せず。
霧雨は晴れることがない失意を、彼女の人柄のように包み込んでいました。
彼女は、城からよく見える、あの漣へ消え入るように命を立ちました。その海で銀に光る、花斬り鋏を手にしたままに。
いま、その葬儀の真っ最中でした。
まだ僕は、悲しくはなく、ただ、ただ溢れそうな思いを思い出として思い返し、回想に浸るのです。
目を閉じて思い出す。
あれはそう、よく晴れた日のことでした。
僕の家はそれほど裕福でない物でしたが、ある日一変するのです。
白い、ドレスを着た彼女は、ドレスの裾を気にすることなく、花の手入れをしていた僕の前にしゃがみ、手を差し伸べて僕に言ったのです。
「綺麗な花ね」
と。
真っ赤な、血の色をしたその花を指差して。
「はぁ、そうですか」
他にもっと綺麗な、白百合やら、バラやら、カサブランカやらが並ぶ中、一番地味だったその花の鉢を手に取り、「これを頂戴」と言ったのでした。
「この花はなんというのですか」
白に近い金色の長い髪に、夜の漆黒のような深い碧眼を細め、口許には薄い色の紅を引いた彼女は僕に訪ねました。
魅惚れるほどに美しい彼女に僕は言葉を奪われ、「あの…」と。
「ブーゲンビリアです」
「ブーゲンビリア…」
それから彼女は、
漸くその整った顔を緩め、僕に言うのです。
「私は花が好きなの。けれども手入れが出来る者がいないの。
貴方、名前はなんていうのかしら」
それは。
「ブロッサム・ブレスです」
まるで霧雨のように。
銀の月明かりのように、僕を包み込んでくれるような緩い、けれど引き裂くような衝撃でした。
「ブロッサム。貴方、私の庭師に成って頂けないかしら」
恐れ入る。しかし僕は、
「喜んで」
言うなれば一目惚れでした。
それが、23歳の暑い日の出来事でした。
街角で綺麗な花を売り、生計を立てていた僕の人生は、音を立てて変転したのでした。
僕はありふれた日常の中で、彼女、王女であるローズマリーに恐らく恋を、したのでした。それはまるで|一条《ひとすじ》の光の、静寂のような奏ででした。
僕はそのまま彼女と城に行き、すぐに仕事が与えられました。
家を出るときに両親は泣いて喜びました。
それは光栄なことだと。
僕の家族、兄、妹、母、父の生活は、僕が遣える間は保証されることになりました。
僕の庭師としての最初の仕事は、
衰退して荒れてしまった庭を綺麗に、花をたくさん咲かせる、と言うものでした。
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