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 彼女は見た目の美しさに反し、孤独を生きている女《ひと》でした。
 城に着いて庭を見たら一目瞭然で、庭は荒れ果て蔦は枯れ、とても彼女には不似合いだと感じました。

 僕は直ぐ様作業に取りかかり、一日では終わらず、何日も掛けて枯れ草を取り、それが終わったら耕し、芝生を植え、草木を植えました。
 全てで半年の歳月を掛ければ、見違えるように取り敢えず花が植えられるようになり、彼女の部屋に見える位置にはローズマリーを植え、香りも穏やかになっていく事に喜びがありました。

 彼女はいつも、その部屋から僕を眺めては微笑んでいるように思えました。
 僕はずっと、そんな彼女に魅惚れるばかりでした。

 彼女はしかし、お部屋からほとんど出ませんでした。
 庭の手入れが一通り終われば、彼女はよく僕を話し相手に、僕を部屋に呼んではローズマリーの紅茶をいれてくれました。

「あの花はどうしたのかしら」
「ブーゲンビリア、ですか?」
「ええ、そう、それ」
「ローズマリーの横に植えてあります」
「ここからは、見えないの?」

 僕はわざと、そこに植えたのでした。
 彼女に庭を歩いて欲しかったからです。
 彼女は元来、少しお身体が弱く、大体はお部屋で寝ているのでした。

 この城の王、彼女のお父上であるセージは、そんなお嬢様ローズマリーに心を痛めておりました。
 ローズマリーの母、ハーブ王妃はあまりローズマリーには関心がなく、むしろやっかみすらあるようでした。

 僕は庭から彼女の部屋を眺め、その理由を知っています。
 時折窓から、王の姿が見え、
窓際にある彼女のベットに消えるのです。
 彼女の美しく白い足、太ももが苦しげに痙攣をする様は僕にとって、
嫉妬であり、情欲でありました。
 それが彼女の持つ美しさだと、陽が照る庭から見上げて思うのです。

 彼女は僕に言いました。

「貴方はこの紅茶のような匂いがするの」

 そう言って僕を側に呼び、肩に手を回して。

 初めてそうされた時の僕はもう、頭が真っ白で、ただただ妖艶に笑う彼女のドレスが剥け、その白く、絹のように肌触りが良さそうな、コルセットに隠された柔らかい胸に掛かる白に近い金色と濡れた碧眼に、息を呑んだのを覚えております。

「初めて見たときから、貴方は素敵だと、思ったの」

 そう言って綺麗に笑い、僕の頬を撫で、柔らかい口付けを交わしてから、罪を犯すことになります。
 ローズマリーの香りが満ちた、銀の月の光に、僕は夢中になったのです。

 その日以来僕は、昼に曇る窓ガラスを見て、夕方には仕事を終えて夜には銀の肌を照らす月光の雫に口付けをし、王や王妃が目覚める前に、僕に用意された部屋へ戻り、また昼を迎えて夜を迎えるのです。

 その秘めやかな行いを続けて数年が経った頃、僕は昼、仕事中に珍しく庭へ訪れた王妃に問われるのです。

「ブロッサム、あの子の具合はどうかしら」

 王妃ははっきりとその扉を見つめていました。
 ローズマリーと同じ色の髪は高く結われ、その表情は目を吊り上げた、嫉妬の塊のように見受けられました。

「…王妃様、」
「この庭を気に入った北国の、若い王子がいるのよ、ブロッサム。この城にも、また栄華がやって来るわ」
「…それは」
「そしたら貴方の家だって、一生遊んで暮らせるわ。良い話じゃないかしら」

 ガラス窓の向こうで、
その白い裸体を座って身体を抱き締められ、助けを求めるように、光なく窓の外をはっきりと見るローズマリーは、王の腕の中で力なく笑って王妃を睨んでいるように見えました。

 見上げる王妃も「ふふっ、」と、何か黒い感情を巡らせるような笑いを浮かべていたのを覚えています。

 その夜、熱に浮かされながら身体の弱いローズマリーは僕を側に呼び、耳元で言いました。

「お母様と何を話していたの」

 と。
 僕は答えられず、「今日はお疲れでしょう」と髪を撫でては、その僕の手をローズマリーは取り、指先を口に含んで言うのです。

「そんな事を言ってくれるのは、貴方だけよ」

 そして弱々しくも僕の肩に手を回し、僕の手をその滑らかな膨らみに誘うので、流石にそんな日は「いけませんよ、ローズマリー」と囁くのですが、

「私からあの獣の血を抜き取って頂戴、」

 と、苦しい息をしながら僕に懇願する彼女に深い口付けを与え、横たえて、

「いけません、どうかお休みになってください」

 制するのです。
 本当の欲を言えばこのまま彼女に沈んでしまいたいのだけど、それは彼女を思えば傲慢で。

 しかし彼女は悲しそうに笑い、
「優しいのね、ブロッサム」と、その日は素直に横になりました。

「私が穢れる前を、貴方が知ることは、もうないのですね」

 彼女はそう言いました。
 今思えば彼女は悟っていたのです。それから自身の身に起こる事を。

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