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 僕はその日の朝も教会に行き昼には庭の手入れをしておりました。
 枯れかけた花瓶のブーゲンビリアを捨て、夕暮れ時、そろそろ今日はもう終わりにしようと、帰らぬ待ち人を待つ虚しさを殺し、伸びすぎた新しいブーゲンビリアを花瓶用に摘んでいたときでした。

 馬車が一台城の前に停まる音を聴いて。
潮の匂いが漂ったような気がしました。
僕は立ち尽くしました。
 黄金に夕日を照らしたその髪と、以前より痩せた、血管が青く光るような白い肌に、真っ赤なドレスを着た君は幻想のようで。
 彼女はその碧眼で僕を捉え、薄く笑いました。「ただいまブロッサム」と薄唇に含ませて。

 僕は夢中を抱き抱え、一先ず噛み締めてあっさりと「お帰り、ローズマリー」と、
駆け寄ることはせず、静かに彼女の前に歩んで、もう一度「お帰りなさい、ローズマリー」と言い。
 ローズマリーが僕に自然と手を伸ばしたのでその手を取り、二人で城へ戻りました。

 潮の香りは彼女から放たれ、僕はそうか、彼女は大人になったのだと思いました。しかし、始終彼女は前を見つめ、僕の、土に汚れた手に気にすることはなかったのです。

 出迎えた王に「ただいま、お父様」とすがるように肩へ抱きつくのも、「お母様、ただいま戻りました」と王妃を見つめる立ち振舞いにも、僕は魅惚れてしまったのでした。

「身体は大丈夫かいローズマリー」
「大丈夫よお父様。少し、家が恋しくなったのよ」

 と、少女のように笑う彼女にはあの王妃ですら閉口していました。それ程に彼女の色は、この城に濃いものに成っておりました。

「ローズマリー、さぁ、疲れただろう。部屋でゆっくり休むといい」

 そう言って娘の腰に手を回し、ガラス細工を扱うような王の手を取り、僕はそれを見て、さあ手の土を洗おうと、手に持ったブーゲンビリアに視線を落とせば彼女が振り向き僕を見て、

「彼の紅茶は身体が安らぎますよ、お父様」

 まるで悪戯をした子供のように笑うのでした。

 僕は一時唖然としましたが、すぐに王と王妃の視線を浴び、「はぁ、」と、息ともつかない間抜けな返事を返してしまいまして、思い直しました。

「…丁度、ローズマリーも、そろそろ刈ろうかと思っていましたので」

 曖昧に笑って僕が返せば王は「そうか、」と笑いました。純粋な王の笑顔に王妃は「早く用意をしましょうかしら」と言い、城の奥へ歩いていきました。

 王に部屋へ送られるローズマリーの背を眺めてからすぐに手の土を落とし、ブーゲンビリアの花を整え、紅茶の準備をしてローズマリーの部屋へ向かいました。

 ローズマリーは部屋のベットで一人、遠くの夕陽を眺めていました。その姿は美しく、振り返り僕を見た彼女は、城を出る前と変わらぬ、可愛らしくも高貴な笑顔で言いました。

「このドレスなら、貴方でも一目でわかってくれると思って」

 真っ赤なドレスと、いじらしさに。
 僕は部屋の窓に置いてある、空になった花瓶にブーゲンビリアの花束を刺しました。
 花束を眺めて「綺麗ね」と喜び、彼女は言います。

「このピンクの花は、私より繊細な色なのよ、ブロッサム」
「…そうですか」

 彼女はいつから僕のそれに気付いていたのでしょう。

 彼女の見る今日の花の色は、僕には白にしか見えないのだけど。
 僕に深く残した彼女はそれを喜んでくれました。

「貴方と同じ色ね、ブロッサム」

 僕は部屋のドアを閉め、それから漸く彼女を抱き締めました。
 髪から潮の香りがして、それでも、ローズマリーの葉の臭いが強くて、二人で顔を見合わせて、漸く僕らは笑えたのでした。

「紅茶を入れましょうか、ローズマリー」

 彼女はにっこりと、夕陽に照らされた笑顔で頷きました。

 それから夜まで彼女と僕は、たくさんを語りました。アリッサムの花を見たことがないだとか、花言葉だとか。海は花を枯らせてしまうから嫌いだったけど綺麗だった、とか。ローズマリーの紅茶が香る銀の夜に、僕たちは飽きずに話ばかりをしていました。

「ドレスでどうにか着飾ったのだけど、やっぱり少し、貧相になってしまったわ」

 少し恥じらった彼女に僕は、「そうかもしれませんね」と微笑んで。

「けれども君は帰ってきたんですね」

 だけどそれには彼女は曖昧に微笑むばかりで。僕らは共に居なかった時間を埋めるように純粋に話だけをして、いつの間にか寝てしまったローズマリーの隣で、額に口付けをして漸く僕は泣いたのです。

 僕はただ、彼女の側にいることがこんなに幸福なのかと思いました。この、傷痕だらけの僕たちには、共にいるだけで、こんなにも世界に色が零れていくのかと、僕はその時はそう、思っていた。

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