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 ローズマリーはアリッサムの、海が見える北の城からこの城へ帰ってきてから、少しずつその崩した体調を治していきました。

 しかし、以前程外に出る時間は減り、部屋に籠りきりました。
 昔、私の家に来たときはまだ少女の年齢で、これ程までの汚れた世界への入り口はまだ、見えていなかったようです。

 僕がここへ来て10年、彼女は大人になり、少女の殻を破り、漸く暗闇が見えたのだそうで。

 王セージは彼女の病を気に掛けている体を過ごし、
最初の頃はよくローズマリーの部屋を訪ねていましたが、ほんの7日程度、あしらわれ寝たきりのローズマリーに対し、それほど構わなくなってゆきました。

 彼女は男と言う生き物に、少しばかり疲れておいででした。アリッサムと暮らした2年の生活を聞けば、それもわかるような気がいたします。

 僕のような平民と呼ばれる身分にはわからない事情を、この城に来てから僕はたくさん目にしました。靴は使い捨てだとか、そんな小さなことですが。

 彼女は他に世界をあまり知ること無く育ち、いま、少しを知ってしまってから心を、閉ざしてしまっていました。僕はそれに心を砕きガラス細工を散りばめるような、そんな世界をシルクのような甘く白い肌と時間と共に重ねて行きました。

 しかし、少しずつ彼女は僕にもそれほど心を開かなくなり、少しずつ、病みを重ねていきました。

 僕は彼女の為に、祈るような心境で毎朝、ブーゲンビリアの花を部屋に飾りました。

 彼女が眠るのを見届け、部屋に飾ってある古塔の水彩画は僕にはわかりにくい色彩をしていて、彼女は言うのです、「綺麗な絵画でしょ」と。

「ローズマリーも咲いていて、淡い色をしているの」
「そうですか」
「貴方に見せてあげたくて勝手に持ってきたのよ」

 嬉しそうに言う彼女が美しく、愛おしいのだけれど、僕は彼女と同じプリズムが見られないのかと少し、寂しさもあり。けれども彼女が言うならば、間違いなく綺麗なんです。
 僕がそれに曖昧に笑うと、彼女もどこか切なそうに、「今日はたくさんの色があるのね」と、花束を見て言うのでした。

 彼女を求めた2年を思えば、いまが僕にとって鮮やかで仕方ないのです。僕は彼女の側で生きているのだと思えるのです。だから生命の火を、緩めていく彼女が痛々しく、身を切るような気がして。

 しかしそのガラス破片の一条の光も、静寂に透き通る深海のように、美しく儚い命を僕に教えてくれる気がしていました。

 毎日をそうして淡く過ごし、僕は彼女の心や病が早く良くなればと、たむけのように毎日、毎日ブーゲンビリアの花束を活けました。彼女がいつか言ったように、僕と同じ色彩がそこにあるのだと、そう信じて。

 そうした、揺蕩うような日常を二人で重て過ごしていたある日、彼女は不意に尋ねてきました。

「貴方がまだお花屋さんをやっていた頃、貴方には、素敵な方は居なかったの?」

 どうしてそんなことを聞くのだろうと、綺麗な笑顔で問う彼女の心の中が僕にはわからなくて、だけどはっきりと、「覚えていませんね」彼女に答えたのです。

「本当に?」
「わかりません。多分、もし居たとしても、君と出会った10年には、恐らく敵わないから僕は覚えていないのでしょう」
「私は貴方にとって、そんなに素敵な存在じゃないはずよ」
「僕にとっては、素敵なんです」

 そう僕が言えば彼女は微笑み「強引ね」と言いました。

「そうかも知れませんね」
「でも、優しいのねブロッサム」

 僕は少し困ってしまい、曖昧に微笑み返すことしか出来なかったのだけど、彼女は「ごめんなさいね」と、光が差す窓を眺めていました。
 そんな時僕は彼女を優しく包むように引き寄せ、口付けをするのです。それからまた庭の手入れに戻って、彼女が窓から何か、遠くを眺めるのを見つめるのです。

 また昼を終えれば彼女の部屋に行き話をします。

「貴方の家族はどんな人なのかしら」

 と、その日はやけに、僕の昔を知りたがる彼女に、僕は少し寂しくも、甘くもありました。

 まるで、僕がいない世界を、望んでいるのだろうかとか、嫌な気持ちが過るほどに彼女はその頃精神を病んでいましたから。

 僕がいない世界、彼女がいない世界を描くことはもう、したくなかった僕の我が儘な欲望でした。

「…今日はやけに、僕の過去を聞きたがるのですね」
「そうね…嫌かしら?」

 俯いて切なさを見せる彼女に、僕は暗くも安堵をしてしまう自分がいて。
 僕のような平民の使いは、いつ解雇されてもおかしくはない程にこの城の財政が不安定でした。しかしローズマリーはどこか、それを望んでいるようにも感じていました。それはやはり、アリッサムと祝言を挙げたときからの僕の痞でした。

「私が死んだら貴方の家は、」
「…私は君が元気に、また街に出てくるようになればと、願っていますよ。
そしたら花屋に、行きましょう」

 励ましにはならないかも知れないけれど、僕にはそう言うことしか出来ないのです。

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