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 藤川瑠璃がケータイ片手にぽけっと待っている中、「はい、あの西浦です」と言えば恵子には「わかってますけど」と冷たく返されてしまった。

「あの、えっと件《くだん》の件《けん》ですが」

 日本語、渋滞。

『はい』
「い、いまからとか空いてませんよねなんせ急だし」
『全然空いてるけどいま満喫?』
「いやいやまだ満喫の上の」
『プランは』
「あっ、そうっすねそうっすね。いやぁ旦那さんがどこの部屋とか」

 藤川瑠璃が小声で「13です」と言ってくる。いやわかってるんだヤツは13号室しか使わないんだけど、

「隣の部屋取れるかわからんというか…俺のGoサインで踏み込むのがベストでしょう奥さん」
『貴方の奥さんじゃないけど』
「わかってますよすみませんん〜…、いま論点ズラしてる場合じゃなくて」
「お隣の部屋空いてるみたいです」
「はぁ!?なんで!?」
「声とか気になるから…とかテキトーに送ってみました。出入りしてる雰囲気はないかもしれないけど、わからないって」
「〜〜っ、そのパターンは空いてるんだよっ!もういいやりましょ、はいやりましょっ!
 奥さんちょっとじゃぁ…12号室に来て下さいまず。君はそれからって…、
 おい待て早ぇ行くなあぁあ〜…」

 藤川瑠璃は席を立ちニコッと笑って「大丈夫です!」と、何故なのかなんなのか良くわからない気合いを見せる。

『すぐ行くわね、』

 奥さんもイライラした口調のままそう言って切ってしまうのだからおぉうもうやるしかねぇよ迷う暇なく、と、頭にちらっと「クビ」「牢屋」の字も浮かんできた。

 最早早歩きで行こうにもそうだ藤川瑠璃、お前制服だしなんか一緒に入るの止められそうじゃんと、「待て、一緒入れない」と、片言になってしまった。

「それはわかりますよ?」
「ちょっと待って奥さん来てからにし」
「大丈夫です。学校から15分と言うのを彼は知っています」
「…鉢合わせもなああ」
「いずれしますから。先に拓郎さんの」
「待って待ってタイミング合わせよう、不自然なのも良くない。うん、先に俺と奥さんが12号室に入るの待ってくれると」
「私はその間、漫画の棚にいましょうかね?」
「いーこと言った!よろしく頼むよっ!」

 彼女はそれから平然と漫画棚の方へ歩むし、俺は平然と12号室を借りて奥さんを待った。

 盗聴機を壁に当ててチューニングをしていると、すぐに恵子はやって来て、「始まってんの」と開口一番、不機嫌そうにそう言った。

「まだまだいやある意味始まってますけど」
「そんな感じで録るのね。なるほどね、確かに見た目から犯罪っぽい」
「…おわかり頂けて何よりですっ。
 これで藤川瑠璃が入室するタイミングをお伝えしますからっ」

 と言いつつ話ながらなのでいまいち音が拾えない。
 「んーっと…」とくるくると調節していれば拾えたが、「また会えて嬉しいです拓郎さん」だなんてうぉお、入ってるよもうあの子っ。

「やべぇ入っちゃった奥さん」
「何?何が入ったの一体」
「あの子入ったよ、部屋!」
「部屋っ!?」

 「…また来てくれて嬉しいよ」としっとり言っている拓郎と、「早、まだ来たばかりなのにっ」と、うわぁしっぽり始まっちゃうよと、「今今!奥さん行って行って!」と指示するしかない。

「ぶっ殺してやるっ」

 …あっ。やべっ。

 息巻いた奥さんにあぁあ待ってえ!とも言う間はない。
 盗聴器からでもなんでもなくガシャッ、パシャっと聞こえてきたのだから大変だ、と耳を充てなくても「どーゆぅことよこのバカたれぇぇ!!」と発狂が聞こえた。

『ちょっとちょっと』

 ドスドス。

『わ、あのえっと恵子これは違くて無理矢理あの、』
『んなレイプされた女みたいなこと言ってんじゃないわよこのクソ野郎ぉ!』
『ぅ、うぅ…だ、誰なんですかっ…助けて…っ!』

 うぉおなんでそんな勝手な設定を『なんなのよあんたらぁあっ!!』ヤバイよヤバイよ、冷や冷やする…。

『違うんだって恵子ぉ!し、仕事してたらこの子が勝手に』
『ふざけんなよパンツに手ぇ突っ込んどいて良く言えるよなこの変態ぃっ!』
『うぅぅ…、怖いぃ…っ。あの、うぅ、なんなんですかコレは』

 なんでこいつ頭からずーっとノリノリなの、顔面蒼白だったくせにっ!

『あぁん!?』
『も、…うぅぅごめんなさいぃ、怖いぃ〜』
『ちょっとちょっと泣かせるなんてそんな』
『てめぇが言ってんじゃねぇよボケカスぅっ!!』

 ゴツッ。
 うわぁ強制退室とかになってJKきっと半脱ぎとかまとめてお縄になるからホントに止めて欲しいぃ…。

『痛っ、痛っ、』
『言っとくけどねぇ!あんたが援交に狂ってんのなんて知ってたからっ!離婚よ離婚っ!あんた、未成年とかどーするつもりよっ!』
『痛たたたたた!』
『早く立てコラぁっ!』

 ガシッ。
 …あぁあ怖い人に襲われてる、29歳の男の方が…。これはいつ出て行けばいいんだ俺は…。

『あぁ、あと悪いけど貴女。
 これあげるから黙ってて頂戴。こっちも黙っててあげるから。二度とこんなことしないことね、危ないでしょ全く!
 おら行くぞ猿、早くズボン穿けバカ、てめぇからこの5万は請求すっかんな、』

 バタバタバタ、ガチャっと激しくドアは開き、足音も荒々しかった。

 5万とか…。

 ……まわりに耳を澄ませれば、信じられないほど無音に感じる。
 はぁ、と言う藤川瑠璃の溜め息に、俺も溜め息を吐いて盗聴機を片付けた。

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