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 カタカタカタカタ、パソコンにデータをまとめながら顔と肩でケータイを挟み、「あ、朝早くすみません、おはようございます。東条探偵事務所の西浦ですが」と、本気でこんなことをやるようになるなんて思ってもみなかった現実。

『西浦さんね、おはよう』
「はい、あの、旦那様の件についての資料を」
『あー、それね、今日?』

 あ、無理だわやっぱ手で持とう。
 パソコンが片手打ちで打ちにくくなった。

「…私急用でして本日ですと…15時前にお渡ししたいのですがいかがでしょうか?」
『いいですよ。ところで夫とは和解しましたから』

 ………。

「……えっ…は、はぃい!?」
『でも頂くわ。いざというときに脅すために。お昼頃そちらに向かえばいい?』
「…はぃい…」
『わかった。じゃ、また』

 一方的に切れた。
 ついでに俺の集中力も切れ、脱力してしまった。

 いや…、良い結果だろうようん、身体張った甲斐があったわけだがふーん…あぁうん徐々にポジティブが染みてきた。
 というかそんなに干渉しても仕方ないなと思えば、間違えて作り途中の文書を印刷してしまった。

「あっ」

 …でもまぁいい?ダメだよなぁ…とパソコンを眺めても結果は変わらない。

 しかし却って文書が作りやすくなったなと、何も考えずに字を打ち込めば、最早今まで何枚分に何時間掛けたがわからんが断然作業スピードがあがった気がした。

 と、見ると…。

 やはり人間偏った物の見方は濁るな。いや、旦那が悪いのだから全然良いのだが、大分そっちへ促す書き方をしている…ように見えてくるのが不思議だ。ただ事実を書いている、簡素なものなはずなのに。

 そしてこれは今まで何一つ引っ掛からずにここまで来た書類。もう少し削れそうだ、印刷代も勿体ないしと手直しまでする余裕が出来た。

 社長も上里もいまや朝とは違う空気でパソコンに向かっている。

 …人間として間違ってないくせにダメ。

 確かにそうだ。間違っていない。何がダメかといえば性格だ。この答えは酷く曖昧だと感じる。

 相手にとって俺の性格はどうでも良い位置にある。一見冷たい見解だが、だから楽だと思っていたはずだ。
 それも怠惰で、それは他人だからだというのも学んだ。

 俺は業務連絡として「昼頃に山崎さんが来るそうです」と誰ともなく喋る。
 「ん、」とだけ社長から返ってくる。それが自然体だ。

──善とは何か。後味の良いことだ。悪とは何か。後味の悪いことだ。──

 いや、まぁだから長いんだろう。詩人の癖に物語が、えらく長い。そこまで辿り着くのには大航海が必要だった、というだけだ。

 この資料を見てあの人が逆上してしまっても、でも結局それから先のことはもう俺の手から離れ、どうなってもわからないだろう。たったそれだけの話。

 ふぅ、と一息吐いたところで「あの人どーよ?」と上里がパソコンから目も離さずに聞いてきた。

「和解したって」
「あーねやっぱ……ん?」

 そして目を離しやはり上里は「和解っ!?」と驚く。

「やっぱ驚くよな…」

 今度は目を離さない社長が「金はちゃんと取れよ」と素っ気なく言った。

「そりゃぁ1ヶ月の血が滲んでノイローゼになりそうなほどの苦労がありましたから…」
「…旦那も恐ろしいな…きっと永遠に脅され続けるんだ…離婚する金なかったんかなぁ」
「そんなところかもな。現場直撃だし」
「ん…?」

 あっ。

 社長が露骨に両耳を塞ぎ「聞いてない聞いてない」と苦い顔をし、上里は「ホントにやっちゃったんかよ!」と絶叫した。
 そうだこれ言っちゃならんやつだ。

「…奥さんには偽装工作うんぬんかんぬんをもう一度説明」
「西浦ちゃん、暫く冷や冷やが続くねぇ、どーしてそんなにアホなの」
「…あ、今のそれ誹謗中傷で」
「こっちもっとヤバイの今握ったもんねぇ!」

 確かに。
 …俺この仕事なんでやってんだろ……。

「…誓約書書かせた方が」
「待て待て西浦、それは物的証拠になる」
「…そーっすね、もーなんかいいっすわ…」

 現在10時30分。

 やばくない感じにまとめた書類を社長に提出。
 結果、報酬見込みは「調査中妻、恵子による乱入にて終息」とし、少し額が落ちそうになったところを「メールで引っ張れ」との社長命令により、額は人件費込みで1万円ほど増えた。

 この結果はきっと社長なりに「若干瑠璃に払いなさい」と勝手解釈をすることにする、仮に曲解だとしても強気で少しくらい出ようと思った。

 全ては事実であるが外れである。都合の良い解釈はいくらでも出来る。それは割り切るしかないのだ、当たり前に。後味が善かろうと、悪かろうと。

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