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 今日は体調もメンタルも優れないから、この一万円はテーブルの上に置いてすませちゃおうかな。
 兄と…父の顔が浮かんだ。

 13号室のドアを閉め、シャワーどうしようかなと過った時。
 後ろから肩を叩かれ、ビクッとしてしまった。

 背が高かった。黒いスーツに、ちょっと大きめの鞄を持った…泣き黒子。あ、さっきの…隣の部屋の人だ。

「…はい」
「ちょっと…」

 彼はふと、スーツの内ポケットから何かを…名刺を取り出して渡してくる。

“東条探偵事務所 西浦千秋(Yukitoki Nishiura)”

 はっ、とした。

 貰った名刺から顔を上げれば、彼はふいっと13号室を見て、また内ポケットから、今度は写真を取り出した。
 …さっきの、私が13号室に招かれた瞬間の写真だった。

 無言で彼を見上げると、「少し話せないかな」と、心地よい低音で彼は言った。

「…別に脅そうって訳じゃなくて。親にも学校にも言わないようにするから」

 いまいち、真意が見えない日本語。
 どういうことだろう。

「えっと……」
「取り敢えず…場所を移したいんだけど」

 私が黙っていれば「いや、特に怪しいこともなく、」なるほど、この人なんだか、口下手なのかもしれない。

「…わかりました。少しなら」
「…ありがとう」

 そのまま彼とお会計に向かい、私たちは同じビルの上の階にある喫茶店に移動した。

 どちらかと言えば、お客さんもほどほどで、静かだが少しガヤガヤしているような、普通のチェーンの喫茶店。

 喫茶店で彼は一度、「煙草吸っても良いかな」と私に確認を取ったが、「いいですよ」と私が答える頃には喫煙席の方へ歩いているような人で。

 喫煙席の端のテーブルを陣取れば「何飲む?」と自然と聞いてくる。

「…なんでも、」
「じゃぁコーヒーでいい?」
「…ごめんなさい、紅茶で」
「わかった」

 彼が一瞬、椅子に置いた鞄を見たので「持って行っていいですよ」とつい答えてしまった。

「取りませんけど。逃げもしないです」

 私がそう言えば彼は少し溜め息を殺したように見えたが、何も言わずにレジの方へ向かい、あっさりとまた飲み物を持って喫煙席に戻ってきた。

 彼は席に座って早々、「聞いてなかったけどホットにしたから」と私の前に紅茶を置き、ポケットから煙草を取り出して火を着けた。

「…改めて。ヤマザキタクロウの浮気調査を担当しているニシウラともーしますけど、」
「はい、」
「確認したいことがあって。取り敢えず、ヤマザキとは初対面?」
「…あの人ですよね。はい」
「…写真はさっき確認済みだと思うんだけど…一応音声データも押さえさせてもらってる」
「はい」
「そこで、重要なことを聞きたいんだけど、君は18歳未満だよね?」

 私が黙り込むと彼は鞄から手帳を出し、「取り敢えず話を進めるけど」と、ボールペンをカシャッと押した。

「もしも18歳以上、これは18歳も含めてだけど。そうであった場合、ヤマザキの奥さんは君に賠償金請求を出来ることになる。
 しかし18歳未満、これは18歳は含まれない。君が18歳未満だった場合は彼、ヤマザキタクロウから君が、賠償金請求をすることが出来るわけで」
「…え?」
「まぁどちらにしても、間に法的機関を挟むわけだから、親や学校にはバレることにはなるけども」
「…はい…?」

 断片を拾えば、何となくはわかるけれども…。

「そこで一つ提案なんだが、俺は彼の奥さんから浮気調査の依頼を受けている。君が18歳未満であった場合、勿論奥さんにも関わってくることで、俺は依頼主のマイナスになるようなことは出来ない」
「…つまり?」
「…えっと、俺はいま、ヤマザキがいる漫画喫茶の個室に君が入っていく現場の写真と、君たちが個室で行っていた行為の音声データを持っているわけだが、」
「…はい?」
「まぁ、うーん、早い話が本当に君が18歳未満なのであれば彼は勿論のこと、俺の依頼主にもマイナスになるわけだ。そこで、穏便に君は今日、ヤマザキタクロウには会っていない、というのはどうだろうかという提案だ」

 彼は煙草を灰皿で揉み消した。
 そうか、彼は私の行いを、知っている“当事者以外”なのか。

「勿論依頼主である、ヤマザキの奥さんには事実を伝えた上で…になるけど。もしよければ俺が君の肖像権をこの場で買い、この写真や音声データを今君の前で削除する。
 ここまでするからにはまぁ、ちゃんと誤魔化さずに身分証は提示してもらおうとは思うけど、この場で話が済めば、親も学校も知ることはない」
「…はい」
「どうだろう?」

 彼はそう言って、自分のiPhoneをテーブルに出した。

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