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「…別に、いいですよ。お金はいりません。
私が奥さんにお金を払うとしても、構いません」
「…何?」
「…私も悪いことをしているという自覚くらいはあります。奥さんを傷つけたのであれば18歳未満だろうと関係はないかと、」
「…まぁ、まずは感情論でもなく。単純にどうであれ奥さんも困るという話で」
私は彼に学生証を提示した。
「…うーん、やっぱりそうだよね」
「はい。17歳です」
「…君がいくら払おうという腹かは知らんが、じゃぁ浮気の観点で行けば、10万だとかじゃ」
「別に構いません」
「いや、まぁ君から巻き上げることはいずれにしても無理だからいいんだが、立ち入ったことを聞く。
えっと、藤川瑠璃ちゃん。君、こういうのは初めてなのかな?そのわりには慣れているようで…しかし金額やらに不馴れな点も見えるんだが」
彼はそう言いながら鞄から封筒を出し、お金を数えて5枚の夏目漱石をその場にすっと置いた。
「…これで取り敢えず、音声データについて、どう?」
「…いりません」
「もう少しかな?だとしたら写真に関しては、正直これが今回の、唯一決定的な証拠だった。これに対する欠損として、彼の奥さんから額を提示してもらわなければ払えないが、」
「いや、それもいいです。
それが唯一の証拠であるなら…といっても私が18歳未満なのが面倒なんですよね」
「そうだな。ヤマザキに突きつけようものなら自然と、君の児童ポルノ禁止法を認知することになる。ましてや、それを奥さんが突きつけようだなんて」
「お金はいりません。都合よく使ってください」
彼はとても奇妙な顔をして「じゃぁ、」と、しかし出した5千円はしまわない。
「…大体の援交の相場は、あそこまでやれば1万5千円以上だと思うよ」
「…そうなんですか」
「どうやら金に困っているわけでもない、かな。君は大分安値だ。俺に関係はないけど、じゃぁこの音声データは、」
日にちと時刻のみが記されたファイル。一応イヤホンはついている。彼はその場でそのファイルを削除した。
「…まず、本当はこれも盗聴だから。受け取ってくれるとありがたい」
「下着一枚分みたいですね」
「は?」
「いえ」
「…まぁいいんだけど取り敢えず下着はいらないんでこれ、」
イライラしたように、彼はさっき封筒から出した5千円を、私の前にぐいっと出す。
「はい。わかりました」
「…俺がなぜこんなことを持ちかけたのか、」
「わかってます。黙っていればいいんですよね」
私がそう言えば彼は、居心地が悪そうに、落ち着きがなく溜め息を吐いた。
「…いや、すみません。大丈夫ですよ。悲観するくらいならやりませんし、」
「…そうだよなぁ、」
「まぁ…なので条件は全て飲みますということです。私のことは気にせず」
「…まぁ、あまり触れられたくない話題だというのもわかるけども」
「それも私が」
「君は一体何故こんなことをしたんだ?」
その質問に、私が詰まってしまった。
紅茶は少し温くなっていた。
「…攻めるとか説教ではなく単純に君の腹が読めない。だが、節々に“どうでもよさ”が見える」
「…探偵さんって凄いですね」
「確かに職業柄はあるだろうけど、普通に見ても。それも俺にはどうでもいいけどさ。
まぁ、音声データの件はここまでとして。写真については…少し見当をしようと思う」
「いや、」
彼はまた名刺を一枚取り出し、後ろにケータイらしき番号を殴り書きして「悪いけど捨てないでくれ」と渡してきた。
「…割り切りが良いというのは承知だがそう言うわけにもいかないことを君はしでかしたと言うことで。後日、写真については連絡をしたいが、まぁ君のマイナスになるようなことはいまのところない」
「…はい」
「そう言うわけで、いざとなったらよろしく」
「…わかりました」
彼は、少しにやっと笑ったのだった。
それが少しだけ、明るく、邪気のないものかもしれないと一瞬にしてそう、何故だか思えるような笑顔で。
なんだか。
それだけで、本当にまわりの景色は、少しだけ色付いたような気になる、ような。
私はケータイを取り出し「ニシウラ…チアキさん?」と聞けば、彼は奇妙な顔をした。
「…まぁよく間違えられるけど、ローマ字」
「…ゆきとき、さん」
番号を登録しその場で彼に電話を掛ければ「えっと、藤川さん、と…」と、彼はその場で私の番号を登録したようだった。
「あ、そうだ。ヤマザキとのメールのやり取りも見せて欲しかったんだけど…まぁ、後ででいいか。長くなっちゃったし」
そんなことを言うので「はい」と、たくろうさんとやり取りをしたメールを開くと、まじまじと見た彼は「うわっ…」と、正直にドン引いた反応を見せた。
「…まぁ、いーやわかった。後でこれもコピーを…うーんスクショとかでもいいや…って、」
彼が私を仰ぐので、「いいですよ」と答えるが何故だか「全く…」と、彼は溜め息を吐いた。
「まぁ、そんなわけでいずれにしても連絡するから。長々と悪かった。真っ直ぐ…家まで送ろうか」
「大丈夫です、ありがとうございます。下校時間だし、真っ直ぐ帰ります」
また奇妙な顔をし「…あっそ」と彼は言って、鞄を持って立ち上がった。
西浦…千秋さん。
彼はどうやら初めて会うような人種だと確信した。
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