それから。
「…みっちゃん」
仕事中。
|件《くだん》の受験女子高生がちらちらと、厨房でカメラを構えるオーナーを見て言う。
「なんだ小夜。はいジントニック。|宮越《みやこし》さんまで」
「あはい。
お待たせしました宮越さん〜」
常連にジントニックを持ってく前に。
「あ゛っ、みっちゃん!
これレモンだよ!」
すぐさまターン。
「あ、ミスったごめん」
作り直し、ミスったカクテルは自分の飲む酒ストックに。
「やっぱやりにくいんでしょ、あれ」
「ん?慣れた」
「ねぇ、柏原さんどうしたの」
「気が触れたの。はい、新しいやつ」
「はいはいー。
宮越さんすみません〜」
素敵な営業スマイル。
本日そんな事が腐るほどあった。帰りには顔色の悪いバーテン兄ちゃんが、
「はい小夜ぁ…、この、問1はぁ…」
「みっちゃん飲み過ぎたの、ねぇ」
「ちょっと…」
テーブルで分厚い参考書を広げ勉強する二人、バッチリ激写。
「柏原さん」
「んー?」
カウンターから身を乗り出して二人を撮影していたオーナーに金髪、話しかける。
「…それ、不安要素だと思うんだけど。親御さん的に」
「んーまったくお前らしっかりしてよね」
「違うよあんたがセンスねぇんだよ!一回辞め!」
「なんで?超日常じゃん。はい!」
急にオーナー、金髪にカメラを向け、「はい、ごあいさつ〜」とか言いやがり、思わず金髪、ひきつった笑顔でついつい映ってしまって。
「あっ、ども、真里ですって柏原さん!」
そして、ついに金髪、オーナーからカメラを没収し、電源を切る。
「え、ちょっ、真里〜」
「だめこれもう俺預かる。
光也さん、教師代わるから吐いてきて〜、今日荷物届いてるからこのあとでしょ、死ぬよあんた」
「うぇっ、はい…」
ゆったり立ち上がり、よろよろとバーテン兄ちゃんはトイレに向かう。
変わりにそこに金髪が座り、「さてさてどの問題?」
店には「おぇっ、」と嗚咽と水の音がが響く。
「ねぇマリちゃん」
「何?」
「みっちゃんと柏原さんヤバい。それどころじゃ」
「大丈夫いつもだよ」
いやそうなんだけど…。
甚だ盗撮されている理由がわからない、受験女子高生。
そして帰って受験女子高生が寝たころ、ゲロ吐きバーテン兄ちゃんとまともな調理師は。
『お父さん、卒業までありがとう』
女子高生の父から届いた荷物をあけ、P○2にそれを突っ込み再生。
少し涙の混じった笑顔で、中学校をバックに卒業証書の入った黒い筒をみせて笑う女子高生の動画に。
「うぅっ、小夜…」
軽く泣きながらソファに体育座りで嗚咽混じりに言うバーテン兄ちゃんと。
「やめて泣かないで光也さん。俺も泣いちゃうとあんた介抱出来ないから!」
そのソファに布団を敷いて寝転がって観ている金髪。
ビデオレター、つまり、そういうことだ。
そしてそれからバーテン兄ちゃんやる気を出し、受験までの残り5日、合格発表までの6日、JKを盗撮し続けるのだった。
それから少しして。
場所、三重では。
荷物が父親のもとに届いた。
出産、それから数年と、数年空いてしまった、前に自分が送った娘の成長記録と、もう一枚の見覚えがないDVD。
父親は早速、デッキに新しいDVDを入れ、再生する。
どうやら、娘の受験勉強の様子と、普段のたのしそうな風景。
息抜きに3人で行ったのだろう果樹園や、家のチューリップなど。見ていて、心が暖まるもので、それだけで目頭が暑くなった。
極めつけは、合格発表の様子だった。
受験表を持ち娘と、10年近く前に見たんだろう、線が細くてスッキリした顔の、しかし10年前より少し歳を重ねたらしいあの優しい若者が緊張しながらボードの前で番号を探していて。
『あった…。
みっちゃん…、あった』
それから見つめ合い、間が出来て、
『やった、やったよ、みっちゃん!』
何も言えずに、抱きついた娘を優しく包容し、泣きそうなのか、少し上を向いたその若者を見て。
「あぁ、小夜…」
父親として、泣いてしまった。
やはり、よかったなぁ、と、いろいろ。自分の居なかった期間やらを思い返したり、これからを考えたりして。
それから一度、ビデオが切れ。
『はい、成長記録でした〜。
始めまして、小夜ちゃんが働く店のオーナー、柏原です』
50代、自分と同じくらいに見えるアゴヒゲで癖っ毛な、しかし爽やかな中年が、恐らくいままで観ていて、娘がバイトしているのだろうバーの棚をバックに、映っていた。
『どっきり大成功、しましたでしょうか。小夜ちゃんの将来の夢までもう少し、預かることになりそうです。
小夜ちゃんは立派に幸せです。機会がありましたらぜひ、いらしてください』
動画は終わった。
「…ふぅ、」
明日からまた、頑張れそうだ。
まだまだ、だけど。
父親は一筆を2枚書いて、1つの便箋にそれをいれる。
宛先は東京の、“hydrangea”へ。
はい、動画短編2作目、あじさいでしたー。
本編のその後ですかね。
これまたブログにあげるくらいの短編でした。お付き合い、どうもですー(またあるかもね!)
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