陰と陽
夏の前。湿ったコンクリート。この時期は少しだけ怠い。
「いい加減彼女とかさぁ、いないの?」
幼馴染というのは恐ろしい。
歩も少しだけ湿った、じっとりとした表情。しかし夏のように、いつも明るいんだ。
「はは、それは一喜にあげたからいーよ」
だけど人には、本当は少し一線を引いてしまう歩はあれから、全然浮いた話を聞かなくなった。
「人聞きが悪くないか。だってさ」
「遊びたくなんないかって?」
「うっ、」
モテていた歩の内情を考えれば、あの頃が無理をしていたのか、なんなのか。少しの捨て身は今も変わらないんだろうけど。
「なーらないよ。俺わりと君よりまともなヤツだから」
「…まともなら本来19って遊び狂ってるよ。お前早かったんじゃないの」
俺にだって恋はあるっていうのにさ。彼女いないの?とか、聞くくらいには。
「あったねー病み気。で、小夜ちゃんはどう?」
「いきなり来るか普通」
「いくいくー。デリカシーないもん俺」
「はぁ、あっそう」
たまに飄々としている歩の外面と内面に倒錯する。いつも、変わらないんだけど。
「なんだか見てると、まぁ…」
「ん?」
たまにこうして少し影を落とすことがあるのも事実で。幼馴染というのはやっぱり、そう言うもんで。
いつかどこかに行ってしまいそうだから、そんな時は引き留めるのがこの、友人と言う役割かもしれない。
「いや。今年も来たなぁって」
遠くどこか、多分、この晴れた梅雨前の空に、歩のあの日の切なさが見える。
ふと、道端に咲いた紫陽花を何もない風景として眺める歩に、夏を見出だすのが怖い。
今年は暖かかったから、紫陽花も早く咲いたようだ。
「…今年は早かったな、紫陽花」
「ん?」
「毒あるらしいよ」
「なにそれ、小夜ちゃん辞書?」
「辞書とはなんだよ」
「あーめんどいね一喜」
雨の日は俺も好きじゃない。友人を亡くしたことを思い出すのに、その友人は晴れた日が好きな、歩の弟だったから。
歩は少し感慨深そうにその、道端に咲いた紫陽花を一本、引っこ抜くように摘んだ。
それ、人ん家のじゃないの?なんとなく。
「いや、あのねぇ…ってちょっと待てよそれ人ん家のじゃねぇの?」
「道端だよ」
「多分誰か植えたやつじゃん」
荒っぽく太い茎を追って摘んじゃったくせに、歩はその丸い花を慈しむように見ている。
そうだね、それちょっとさ。
「くる?」
「あ、」
たくさんの花が集まって。
ちょっと、太陽みたいだね。雨の花なのに。
「…そうだね、まぁ…晴れてるしね」
「実家の鍵ならあるし。変わってるかな。ねぇ一喜、俺実家の鍵変わってたらどうしよう」
「一年も前だからなー、あり得るな」
「なんかマジっぽく言うなよ」
高校を中退して独り暮らしを許されてから歩はどうやら、実家には帰っていないらしい。
帰るのも気まずいのか、それともなんとも、回りが思うほど気にしなずぎなのか。
俺もそんな感じだし、まぁ、わかんなくないんだよな。透の墓参りも、良いかもしれない。
「ま、したら墓参りだよな」
「丁度良いだろ、これ」
「それ毒あるんだって」
「ねぇよ多分。綺麗だもん」
綺麗に咲いた紫陽花にも、元気はもらったみたいだし。
「てかホントに人ん家のじゃないの、それ」
「でも綺麗じゃん」
「てか…」
先程とは違った、まぁ、優しさの見える表情でその花を眺めては、「…見せてやりたいじゃん?」なんて、素直に言うから。
俺も少し、家に措いてきた妹を、思い出したりしてさ。
「…まぁ、お前より文系だったもんね、透」
兄弟って、そんなもんだよな。ちょっと、対照的で。お前も会ったら良いよ、歩。
「じゃ、まぁ行くか」
「多分、喜ぶよ」
きっと透は喜んでくれるよ。お前の話、凄く好きだったんだから。それだけは、通じててよかったな。
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