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「お待たせいたしました栗林|一等海佐《いっとうかいさ》」
最上級の嫌味を突きつける。ポケットにしまったネクタイもしない、白衣に便所サンダルのまま。こんなもんでよし。
「元気そうだな熱海二等海佐」
「それなりですよ。ただいま羽田三等海佐から、貴方が僕をお探しだと聞き及びましたので参った所存ですが、もしや急を要するものでもありませんでしたか?」
「あぁ、まぁ急は要する、と言うより少々気が短い性分の貴殿には、先に言っておかねば後で厄介かと思った内容でな」
「はぁ、大層ご機嫌麗しいですね。役職でも変わったのですか?」
「流石ですね。君の希望はよくわかりました」
栗林は紙切れ一枚を引き出しから出し、木机の上に置く。
はぁ?
「米国公安の若者からのお手紙です。君、来週から警察庁にお世話になるようですよ」
樹実の野郎。
何しやがったあいつ!
「はぁ…え?」
「どこをどうしたもんかは知らないけど、まぁ君の有志は受け継いでおきますよ。
あ、そうそう。
君、今野良犬飼ってない?」
「預かってますよ。警察犬一頭」
「困るんだよねぇ。第一、海軍教育係は私の担当なんだが。それでここの出だなんて恥になるから言わないでくれる?私に預けてくれるならまた別だけど。その子、まだ年端もいかないらしいじゃない」
「そうですね。何分飼い主が僕にと預けていったので、ご報告が遅れました。あぁ、例の貴方が大っ嫌いな米国公安の狂犬野郎ですよ。手を出すと噛まれるんでやめた方がいいと思いますよ」
「米国はホント、躾の仕方を知らないね。私が教えてあげた方が立派な警察犬になるんじゃないかな」
変態め、黙っとけよ。
「やけに執着しますね。こちらとしては預かりものなので易々手放すのも勿体無いかなと思っています」
「まぁ彼は虫の好かない奴だが仕事は出来るからね。興味があるだけだ」
「へぇ、話は以上で?」
「ああ」
「では」
さっさと失せるわ。変態が|伝染《うつ》る。
冷たく一瞥を返し僕が去ろうとしたとき。
「そうだ。
君んとこの野良猫はどうだい?」
「はい?」
その栗林の一言に僕は振り返った。
なんだ、喧嘩売ってんのか無能指揮官。
栗林は大層愉快そうに笑みを浮かべた。
「彼ならまたいつでもいいよ。私が手取り足取り教えてやろうじゃないか」
「本気でおっしゃってます?」
いやらしく笑う口元。
一言、「失礼、」と言い、顔面に見事なストレートを決めてやった。
僕はあの日のことを許した訳じゃない。
「すみませんねぇ。僕もどちらかと言えば直情型の狂犬タイプでして。大丈夫ですか一等海佐」
思ってないけど。
「貴様っ…!」
「ではまた」
そう言い残し部屋を出てすぐ、
「案外あんた、気が短いんだな」
流星くんがいた。
うわっ。
羽田さんの差し金だな。
「…盗み聞きはよくありませんねぇ」
「わかってたくせに。
でも、素直で見ててスカッとした」
「そうですか」
流星くんは凄くあどけなく笑った。
部屋に戻ろうと歩き出した流星くんを僕は咄嗟に呼び止める。
彼はあっさりと振り向いてくれた。
「…気を付けてくださいね。あの人、面倒だし、タチの悪い変態ですから」
「いや、あんたでしょ。まぁ、はい。ありがとう」
多分わかってないだろう。
そりゃぁそうか。ここ三日、少しばかり彼を見張っていないといけないかもしれないな。
僕も流星くんも部屋に戻り、夕飯の時間までを過ごした。
僕が流星くんを呼びに資料室をノックしてみても、返事すらない。集中してるのかな。勝手に開けてみる。
「うわぁ…」
びっくりした。
流星くんは最早書庫を自分のものにしていた。夢中になって本を読みながら、イヤホンで音楽を聴いている。時に大学ノートに何かを写しながら。
少し眺めていて漸く目が合い、流星くんはイヤホンを外す。
「あぁ、もしかして、ノックした?」
「はい…。大変集中しているようで」
「ごめんなさい。どうにも、自分の世界に入り込みたくて」
「…何を、聴くんですか?」
「え?」
別に興味があったわけではない。
ただ、なんとなく聞いてみた。
「ミッシェル」
「へぇ…!あれ、ギリギリなんかこう、世代ズレてません?」
「そうかも。たまたま音楽番組見てて、バックれ事件のやつ。あれが強烈に残ったんだ」
「へぇ…。
僕それ海外遠征で見れなかったんです。
あ、樹実はベンジー派でしたね」
「そう。どっちも好きだけどね」
「あらあら、じゃぁそんな君に丁度いいのありますよ」
リンゴと。
そうそう、ミッシェルが好きならこれも。
「女性もたまには。ダメならこれ、名盤です」
「…こっちのやつ、最早あんた産まれたくらいのやつ?」
「まさしく。これ、ミッシェルのボーカルが薦めてたんで死に物狂いで手に入れたら、よかった」
「…聴いてみる」
薄らと笑みを浮かべる青年はまだあどけない。
彼はこれから先、どんな未来を歩むのだろうかとふと思う。
「さて、夕飯です。一度休憩しましょう」
それから夕飯を共に過ごし、流星くんは船の仲間とも徐々に打ち解け、一日目を終えた。
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