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「お前明日からさ」
遠い記憶の声がする。
白煙の中にある男の声は、少し掠れていて。
振り返った男の笑顔は、邪心のない、子供みたいに無垢なものだけど、妙に落ち着きのある柔らかさも兼ね備えていたように思う。
「俺んとこおいでよ。退屈でしょ?ここにいても」
首筋に延びるその火薬臭い、体温の低い両手は。どうやらこの惨状で唯一生きている。自分を捉えるその瞳には殺意は写っていなかった。
「わかった」
だからそう俺は答えたのかもしれないし、まざまざと見た惨劇の一途だったかもしれないけど。
あいつの笑顔は場に合わず、子供のようだったのを覚えている。
俺がそれまで見てきた景色を一瞬にして塗り替えられた、そんな気がしたんだ。
「一回死ぬって、いいもんだろ。もう一回やってみっか、人生」
投げて寄越された上着は、布とは思えないほどに重かった。
その細身の肩にサブマシンガンをひょいっと、何事もなく抱えた男の背中と咥えタバコは、エキセントリックに見えた。
普段の生活は一変して、「警察だ」と告げられたその現象と男とは、鮮やかに相違があった。
「おせぇなクソガキ。何してんの。早く行くぞ」
「は、はい…」
そうか、ヒーローが現れたんだとおれには思えた。おれにとっては、こんな血塗れた景色の中に、ただただその背中が光のように何故だか焼き付いたんだ。
きっと、ここでの生活は終わるんだろうけど、捨ててもいい。思い出すことなんて、嫌なことしかなくて。
ヒーローの背中にただ着いていくのは、歩きにくかった。足元の死体とガラクタと破片。変色した全てが転がっていたから。
「そうだ野良。どうせなら名前を考えよう。何がいいかな」
ヒーローはおれにそう言った。
はぁ…名前かぁ。
ここに来てからそんなものすらなかった。そもそもここは、なんだったのか。
ヒーローの先に見えた暗闇。
背中をに着いていって外に出れば、あたりは暗い。
…夜か。これが、夜か。
久しぶりに見たような気がする。おれはいつからここにいたんだろう。
「夜…」
「ん?」
黒に白をぷつぷつ、針で穴を開けたような、天井。
だけど、あのチャペルより遥かに、遥かに大きいそれに息を呑んでしまう。こんなに澄んだ、冷たい空気が夜にはあったんだ。
綺麗だ、星空。ハンパねぇ。
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