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 男が何か、誰か、仲間か何かと話している。車もたくさんある。だけどそんなことよりまず先に。

「スゴい…」

こんなにも、大きいものだったなんて。

 ただただ、おれは泣きそうになった。足元に広がったその、昼とは違う芝生に、両手を広げて寝転んでみても、まだまだそれは広かった。
 草木の呼吸がまた違う。呼吸の中に混じる、人間たちの話し声。初めて聞く言葉だが、驚きやらなにやら、感情すら感じるのも、呼吸だ。それが頭上を行き交っている。

 それすら小さくて潜めていて。

あぁ、何て、夜は広いんだろう。手を伸ばしてみてもあの、潜めた呼吸をする天井には、おれは全然それには届かないんだ。

「何してんの、お前」
「…え?」

 さっきのヒーローの顔が現れる。それでもその向こうに夜が広がっていて。
 ヒーローは不思議な顔をしていたけど、そのうち急に笑顔になり、耐えられなさそうに、
「ふっ、へへへ、な、なにお前、お、おかしいんだけど!」
と言った。

 起き上がってみれば、ヒーローは腹を抱えて笑っていた。そんなに笑えるなんて。

そうか、ヒーローって、人間と似ているんだ。おれよりも、びっくりするくらいに笑うけど、多分神でもなんでもない。

 ひとしきり笑ったヒーローは、自分の浮いた涙を拭っている。生々しい、生きている笑顔に余韻があって、鮮やかに感じて。

そうか、人って。

 ヒーローのその手はそのままおれの目元を擦った。おれって泣いてたんだ、ヒーローと、一緒なんだ、そういうところ。

「楽しそ。何見てたの?」
「いやぁ…夜が…」

 喉が寒さにひりひりして、広さに声も出ていかないし、何より、何を見ていたかなんて言われたら、呆然としてしまって。

「夜?」
「だって、あんなに、なんか…こう…」

 ヒーローに伝えてみよう、この気持ちを伝えてみようと、手を広げてみたりして説明してみようとしても、なんだか全然伝わっていない気がするし、これを、この思いをなんて言っていいのか。言葉ではなかなかみつからなくて。
 ふと、優しい顔でおれを見つめるヒーローは少し笑って、「あんた、おもろいね」と言った。
 初めて聞いた言葉だった。

「おもろい?」
「うん、おもろいおもろい。
なに?初めて見たの?」
「違うけど」

 朝しか外には出ちゃいけないんだ。それは怒られるし、危ないと思っていた。

「あそう。てか、寒いな。行くか。帰るよ、お前の国に」

おれの、くに?

「は?」
「生まれたところ。そこなら空はたくさん見れるから。
 あ、てか飛行機で嫌になるほど見るから、こんなもん」

こんなもん?
優しく低い声で言うヒーローがよく、わからなかった。

「うーん?」
「いいから黙って着いて来い、クソガキ」

そんな言葉を口にするヤツは|ここ《・・》には居なかった、憚られたはずだけど、ヒーローはその悪い言葉を当たり前に使っている。

「わかった」

 唖然としてしまって、そう答えたけど、やっぱり優しい笑顔でヒーローは「よし、いい子だおいで」。
 そう言って抱き締められて頭をがしがしされるのはもの凄く変な感覚で、でももの凄く。

「痛い」
「生意気だなぁ」
「でも痛い」
「それが生きるということさ少年」
「…意味わかんない」
「あ、流れ星」
「え、」

それはそれは。

「怖い」
「えー、」
「だってそれって」

ヒーローは驚いているが、優しいけれど、それはね、良くないことが起こる恐ろしいものだってここで言われたんだよ。

なのにヒーローは嬉しそうで。

「なんでよ、超いいじゃん!俺初めて…あ、まただよ!」
「うわぁ、嫌だ嫌だ!」

 怖い、それは、

「え?お前日本人だろ」
「は?」

恐怖が過ぎ去るくらいにヒーローは、当たり前の顔をして言うんだけど。

は?
日本人?
言っている意味が全然分からない。なんだろう、悪魔か何かかな。

 へっちゃらなのか、ヒーローは、悪魔なんて。嬉しそうなような、染々した顔で「流星」と、言う。

「は?」
「流星。決めた。お前の名前を今日からダナエでも野良でもなく、流星にします」
「え?え?」

理解不能。

「そうだなぁ、流石に|茅沼《かやぬま》は各方面から暗殺されるから、うーん、|壽美田《すみだ》を貰うか。うん、|壽美田《すみだ》|流星《りゅうせい》。漢字はあっちに帰ったら学びましょーか」

 なに言ってっかよくわかんなかったけど。
 それから先の俺の未来は。
 飛行機に乗って、空を飛んだ。

 俺の素直な感想は、
バカみてぇにハンパねぇ。
だった。

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