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 隠し扉からエリックが出てきた頃には、残り3名が血塗れで転がっていた。

 いつの間にか、確かに、近距離で不利だったのか。入口にスターリング・サブマシンガンが無惨に転がっていた。

 32発は撃ち切ったのかもしれない。あたりは鉄臭く血飛沫に塗れ、俺自身も返り血か何かはわからない。
 エリックを見た瞬間に飛びかかり押し倒して、持っていたデザートイーグルを額に向けていた。手が、血で滑る。

「エリック、貴様ここで何してるんだ」

 開け放たれた壁の向こう、奥から子供の声が聞こえて見上げてみた。

「…っ、」

 狭い、8畳くらいの部屋。
 何十人かの痩せた子供がこちらを見ていた。
 静かに冷や汗が流れる。
 数人が出て来て、淡々と死んだ大人を苦労して運ぼうとする。

これは、一体。

「彼らは、」

 真下から忘れていた声がする。

「あんたら日本人が捨て去ったこの団体は、この子供たちは、こうやって今は生きてるんだよ、茅沼樹実」

やはり。
俺を覚えていたか。

「米軍基地の鬼畜さもあんたのやり方も、大差ないだろ、」
「なにが、」
「これが国が描いた未来だ茅沼。国益には死が必要なんだよ」
「…何を知っている」
「何も知らないのか?
 医療の発達には飢えた人間が必要だ。あんた、それをわかってて宗教団体を潰し、医者を送り込んでいたんじゃないのか」
「違う、」
「じゃぁ結果こうだ。
 食い物にしたのはお宅ら軍人だろ」
「なに言ってんだよ」
「あぁ、もう」

 デザートイーグルを払い除けられた。
 不覚だったかもしれない。
 首筋に何かが当たるが「首動かしたら死にますよ茅沼」とエリックに言われた。

「どうやら子供に弱いらしいな、茅沼。
 ひ弱な子供が生き残るのなんて、飯と武器があればいいんだよ。あんたはそれを考えたことがあるか」
「な、」
「あんたが滅ぼしたのは弱い大人だけだった、と」
「なにが、」

 首を絞めた。
 少し何か、恐らくはナイフが、首に刺さった気がしてその手を緩めた。

「彼等は僕がいないと死んじゃうんだよ、茅沼…壽美田樹実」
「はっ、」

 察した。
 瞬間に首もとの刃物はなくなり、エリックが目線で子供に合図する。
 部屋へ戻るその子供は恐らく、10歳にも満たないくらいの子供だった。

「彼らの生き様は神を崇めることだ。お前のように何も信じてこなかった残虐な大人にはわかるわけがないだろ」

その青目は歪んでいる。
これを作り出したのは、
俺が信じてきたものは、全て。

 脱力した。

 それを見計らったかのようにエリックは体を起こし俺を退けて立ち上がる。

「這いつくばってろ狂犬が」

 言い残しエリックは部屋へ戻っていく。
 壁が閉まるのが見え、自衛が働きそこへ乱射した。
 その壁が閉まった瞬間に放心した。

俺が血に染めた正義は…。
いや、そうか。
血に染まる正義なんてものは端から存在しなかったのか。

『クソみたいな団体が洗脳で人を殺してるんだよ』

 義理の父の言葉を思い出す。

どっちがだ。
洗脳もクソもなにも、そんなの、どっちが…。

 机だった屑に手を付いてタバコを取り出した手すら血に染まっている。
 背中に気配を感じ、急に怖くなった。

「樹実さん」

 震えた潤の声がして咄嗟に振り返る。

 唖然とした流星と潤、後ろには死にかけた頃を共にした雨がいた。

「お、あぁ…」

 声は出ていかない気がするが、

「遅かったな」

笑顔を作る俺はなんなんだろうか。

「随分とまぁ、派手にやられたもんですね」

 呆れたような、安心したような、
哀愁の顔で俺を見た雨は後ろから軽口を叩く。
 タバコが不味い。よく見りゃその辺にたくさんの、吸い殻だって、あって。

『あーあ、君が来ちゃったかぁ…』

 あの、海軍訓練所立て籠り事件の日の雨を思い出した。

「あ、あぁ、雨!お前、遅ぇよ!」

君を脳が認識して俺はいまやっと。
気持ちがわかった気がするよ。
だから未来を、託そうだなんて、むしが良すぎるが。

 ただ立ち尽くすばかりとなる潤と流星の肩に体重を預け、雨を真っ正面から見つめる。

「待たせたな」

 自分の声が酷く疲れていることに気付いた。

「樹実、」

何も言えない流星の耳元に。
俺はヒーローなんかじゃねぇよと言いたかった。

 二人から離れ入り口にいた雨の元へ歩いて部屋を出て。
 少し悲しそうな目をする雨には笑えもしなかった。

「右」

 ふと雨が呟くようにそう言う。

君も戦士だな。

 右に銃を向け、一発撃った。人が倒れる音がした。

「樹実、」

 だけど俺を呼ぶその声は切迫しているな。
 漸く呼吸を思い出す。
 まだ目を見れずに「雨」と呼び返した。

「なんですか」
「もしも俺が間違った時は、お前が俺を殺してくれ」

 返事変わりの溜め息のような吐息。
 誰も、それからは何も言えないでいた。

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