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重い空気のまま俺の背に全員ついて、施設から出れば、雨が降っていたんだと気付いた。
「あぁ、降られたな」
見慣れた車が前にある。
「さっきのあれですが」
静かな、俄か雨のような声と。
「ん?何?」
それから、お疲れさまと言いながら車から降りて促す政宗に従って、流星と潤は先に車へ乗り込んでいく。
二人になり、漸く雨はのんびりとタバコに火をつけ始めた。
「相変わらずだな」
タバコに付き合ってやろうと思えた。
「あぁ、タバコが美味しいなぁ」雨は、遠くを見てそう言った。
「お前大して働いてないだろ」
「考えたんですがね、部長」
皮肉だな。
お前の戻る場所として空けといたのにな。
「なんだよ」
「やっぱり、僕はあなたに償って貰おうと思いまして」
「え、なんだよ」
「色々あるじゃないですか貸し借りが。
あぁ、3年前のあなたが泥酔したときの飲み代と、あとなんでしたっけ訓練所の時の1900幾らかと、あとあなた、毎回タバコをついでに買いに行かせるとき然り気無くお金を出さないしあとは僕もささやかながら印刷代出してませんしね。あぁ、思い出したら腹が立ってどんどん出てきますね」
なんだよ。
「なんだよ、そんなことが言いたいわけ?」
「そうですよそんなことです。
あなたのために何発弾も暴発したか。けど僕は全部一度チャラにしました。あなたに、頼んでもいないのに未来を与えられちゃったんで」
「…なんだよそれ」
雨は、切なそうに煙を吐き、灰を落とした。
言いたいことなんて、わかる気がするよ。君って案外、俺よりはっきりしてるから。
「覚えてないなら良いんです。ただ僕はそれから、またあなたとこうして働けて、何より…途方にくれるはずだった潤が、大人になれたから」
「…それは、」
「いいんです償ってください。あなたは背負えないと逃げるので。僕も背負えませんよ、あんたのことなんて。
これが先程の回答です」
「ふっ…」
何口かタバコを無駄にして、だけど、笑ってしまった。
「悪ぃな」
「許しませんよそんなんじゃ」
「うん、ごめん」
「樹実、だからあんたは、ムカつくので僕のことも、ちゃんと流星くんのことも背負ってください」
それには答えられなかった。
多分それが俺の答えだ。
「後処理してくるから、先に戻ってろ」
「はい」と怪訝そうに答えて車に乗り込み、発車するのを見送った。
ケータイの電源を落とす。
「ふぅ…」
後処理って。
「…なんだろな」
俺がしてきたことは全て、
悪へと繋がっていたんだ。
『サブマシンガンじゃないんですね』
『流星くんが言ってましたよ』
流星には、そう見えたのか。
デザートイーグルを眺める。
これはお前から取り上げたやつだったよな。俺はだから、けど重かったベレッタM92を預けたんだよ。
「かっこいいじゃない。ジャムらないし」
雨に言った自分の言葉を思い出す。
あのときの寂しさは、俺が方を付けるよ。
さぁどれくらい弾は残っているかと一度引き返してみる。
すぐそこには、ステンドグラスに照らされた、青年を姫様抱っこ状態で腕に抱えたエリックが立っていた。
その青年の髪はベタつき、蟀谷を撃ち抜かれた状態で虚ろに瞳孔を開いて俺を見ている。
陸だった。
「…エリック、」
「あんたは戻ってきた。この青年は手厚く葬らせて頂こう」
「何言ってんだか全然わかんねぇ、けど」
反射的に撃った弾は右に反れた。
俺がしてきたことは、物は、何だったのかと考えたら膝から崩れていく。
薄笑いで俺を眺めてからあの拝堂へ向かうエリックの背に「エリック!」と再び、呼び止める。
足が止まった。
止まらなくても構わない。
「…新しい神をやるよ、お前に」
振り向いたエリックは怪訝そうに「は?」と言う。
言葉にしないまま俺はまた立ち上がり、せめて最期を考えようと電話を手にする。
掛けた先にまずは言う。
「ありったけの銃器を持ってきてくれ」
と。
俺はこの不毛で
素晴らしい世界を、今は終わらせよう。希望があろうがなかろうが。俺は悪い人だから。
エリックにも振り返らず、ドアから出てみて雨を眺めたら、視界は悪くなり、水の中に生きているように、体が熱くて嗚咽まで漏れた。
降ってくるように思い浮かぶのは、あの、手にした軽い、瓶に入れたその塊とか、ただただ眺めて呆然としてしまったこととか。あの時の気持ちのまま、俺はここまで歩いてきたのかもしれないな。
呼吸を整え、次々に言葉を残していく。電話越しの気持ちの中にある。誰か、誰かと。
あぁ、誰でもいい。
お願いだからこの、血塗れに白い骨を乗せた両手に、鋼鉄の冷たい手錠を掛けてくれよと、笑いそうな、泣きそうな感情が沸く。
首は差し出した。だから。
燃え尽くしてやろう。この、素晴らしく狂った俺の世界を。
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