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「だがな長官。あんただってバカじゃないだろ。つまりは、俺にとっちゃそんなことはどうでもいいのさ」
「じゃぁなんだって言うんだ」
「そうだなぁ、何だろうな。書類に目を通すのがあんたの仕事だろう」
何をしているか。
そんなのこっちが聞いてやりたいものだ。
「まあ気付いたよ。
どの組織に入っても結局のところ正義は、悪の上で成り立つってな。だが別にこれは正義感なんかじゃない。そんなもんはとっくに捨てている。
ただそうだなぁ…疲れたかな。安息が欲しい。せめて、宗教施設を薬付けにしてダメなら討伐、成功したら軍隊にして国の物なり海外に売り飛ばして金にするってのはわりと安息じゃないな。あんたらもう充分稼いだし技術も手に入れただろ?俺から卒業してくれ」
「樹実さん、それ、どーゆーことですか」
そう言ったのは美玲だった。彼女は表情も手元も変えずサブマシンガンを手にしたまま、機械のように俺に尋ねた。
「どうもこうもそーゆーことだ。君、分かっててついてきたんじゃないのか?」
「私は…ただ…」
「職務を全うしたいだけなら引き返して就職を探した方がいい。俺は最早こうなるとテロリストだ。そして俺たちが追っていたエレボスのボスということになる」
「…は?」
「つまりエレボスってのは、俺が作った軍隊なんだよ、お嬢さん」
告げる事実にも美玲は無表情だった。
しかし、やはりその中でも少しばかり歪む。
「あんた、今まで…!」
「仕方がない。国がそれを求めた。薬や軍隊や兵器をな。美玲、俺は軍人だよ?国に飼われた殺し屋だ。
俺たちがしてきたのは、ダメになったヤツらを排除することなんだよ。始めからそーゆーことだったんだ。な、長官」
「お嬢さん、ダメだ。この男を信用するな」
わからない。
美玲は俯いた。その瞬間に曽田は他の護衛二人に合図をした。護衛二人は美玲に向けて再び銃を構える。
「長官」
「なんだい、お嬢さん」
「私がついてきたのは紛れもなくその人です。私は、その人について行きたい」
だが美玲の銃口は俺に向けられた。
当然だよな。
「あなたが言うことは胡散臭いですがその人が言うことは信用ができます。なんせ上司ですから」
そうか。
はっとして、染々とした。
俺もそれほど全て、自分の事ですら真っ直ぐに信じられたら、今頃楽だったし、まだ何か希望はあったのかもしれないな。
「…良い女だね、美玲」
だけどもう、その体力はないんだ。
美玲に銃を向ける。
多分本当に良い女だった。
「お前が部下でよかったよ。部下じゃなかったら嫁にしていたな。
だが悪いな、俺を殺すのは、お前じゃないんだ」
美玲と、その他護衛の3人が倒れたのはほぼ同時かもしれない。
連射は得意な方だ、皮肉にも。お前らは皆、同じなんだよ。
俺と。
「…残酷な奴だな」
ぼそっと、魂が抜けたように曽田は俺に吐き捨てる。そんな覚悟で生きている警察なんて、確かに何もやれてないんだ。
「残酷じゃなきゃ貴様らの命令なんて今まで素直にやってこれなかっただろ」
一度銃をその場に置いて、またタバコに火をつける。
「戦場に立てば皆等しく敵だ。俺は忠実にクソ親父の背を見て育ったのさ、曽田さん」
「…は?」
「まだ目通してないの?
まぁいいや昔話だよ。
俺の父親はやる気のない軍人だった。俺くらいにやる気がなかった。
確か陸軍だったかな。わりと偉かったんだよ。
ある日、家に父親の死亡通知が届いた。フィリピン沖で発見されたと。
だが母親は何も言わなかった。そのうち母親が病死した。後に残された俺は、父親の相棒の家に預けられその兄弟達と仲良く…そりゃぁもう仲良く一緒に育って、兄弟はエリート官僚、俺は気付けばこんな感じ。
すげぇよな、あの頃生まれた格差は、こうやっていまだにあるんだ。兄弟達は今頃政治家か警察のお偉いさんだよ。だがなんの因果か、俺の事を忘れたように扱ってやがるくせして、今になって薬も武器も求めてきやがる。愉快なもんだ」
そういう国というより。
俺がそういうやつだった。あの資料よりも前から、本当は気付いていたじゃないか。
「お前…誰なんだ?」
「まぁいまは高田創太の一人息子ということになっているかな。最終的に兄弟は俺が牢屋にぶちこんでやったからな」
「高田創太の…お前、まさか」
「ちゃんと読んだね。
茅沼だと、母親の姓だからわかりにくいけどな。かつて高田とコンビを組んだ男の倅だよ。部下のこと思い出したかクソ野郎」
長官に銃を向ける。
本当の真実なんて、小さな、掌サイズじゃないか。本当はそれすら。
「ただいま父さん」
初めてだ。
実の父親に、というか父の存在に、呼称を与えるだなんて。
「待った、お前、いまの話は本当なのか!?」
「あんたも知ってんだろ?つか、俺の顔を見てもなんとも思わないくらい無能なんだね」
「いや、だから勘違いだ、君がもし彼の子だったとして」
違うだろ。
「彼の子じゃない可能性があるわけだろ?
俺が真っ先にここへ来た理由はそれだよ。ちなみに…彼は知らない、死ぬまでずっと、知らないで生きていた」
思い出せないあの骨の、生きていた頃の姿。あの、小さな。
「何を言っている…」
「俺は確実に組織に捨てられた。あんたに、こうしてな」
因縁は早々に終わりにしよう。ノスタルジックに明日はない。
置いた銃を手にして唖然とする曽田の髪を掴む。俺にはハンマーを引く動作なんて、造作もなかったんだ。
「茅沼っ、」
「それはあんたの愛人の名前だ。そう易々と呼ぶなよ」
死ぬ前くらい事実を与えよう、父親というものに。なのに「わかった、何が欲しい、なんでもする、地位か、金か?なぁ、」なんて、陳腐で。
「何もいらない。安息が欲しい。俺はもう、嫌なんだ、全部」
トリガーを引いた。血と脳髄を浴びる。
力なく萎びれた、俺が手に持つ死体は最期まで、実父ではなかったのだと、思う。
「樹実、」
ドアから弱々しい、憔悴しきったような優しい声がした。
終焉はとっくに始まっている。相棒はやはりいつも通り、遅い登場だった。いつも、俺を止められないんだ。
やはりいつもの、けれどいつもより、眼鏡の奥で悲しそうに笑う雨が立っていた。
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