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 残り僅かな飴を噛む。
 噛み堪えもないものだなと、舌に馴染み尽くした甘ったるい添加物の黄色がぼんやりする、昼下がり。

 吸い殻はないが、絞ったソフトパックを捨てた硝子の灰皿を見て、朔太郎さくたろうは乱雑なデスクの上に散らばる飴をぼんやりと眺めてはイチゴ、レモン、マスカット、ハッカ、と、頭の中で呪文のように唱えた。

 ここの電気まで止まったらどうしよう、いや、まぁ大丈夫だよなきっと、という呪符すらも非現実に浮かんでくる。蝋燭などを灯せば人は生きていけるのだろうか。パソコンは使えなくなるしこのビルのセキュリティロックは開かないのかもしれないし。

 それって本末転倒だよな。
 脱出経路はと、窓を見た。4階の景色。

 次に来る依頼は仕方がないから高めなやつにしよう、経理の面倒な細々とした領収書の山しか来なかったらタバコしか買えない。その方が現実的だと溜め息が出る。

 ぼんやりとまた飴のどれかを開けようとしたときだった。
 コンコン、と戸が鳴り「Hey シバタ」と、久しい友人の声が聞こえた。

 その瞬間に朔太郎は現実へ掬い上げられたような気分になり、「はい、」と、咄嗟に飴はポケットに忍ばせ、自ら仕事を迎え入れた。

 背が高いアメリカンの同期はトレンチコートに黒スーツでにやりと笑い、胸ポケットから身分証を取り出し「家宅捜索でぃす」とふざけた。

「…領収書でないのは確かだな」

 友人は朔太郎が招き入れなくても事務所に侵入し、目の前の革のソファーへ座ろうとわざわざ埃を払う仕草をした。

「領収書よりは猫探しに近いな、電気止まっちゃう?」
「…笑えない。探偵でもシュレッダーでもない。不法侵入で現行犯しちゃうよ」
「困ってるよな?コレ」
「お前と違ってフランチャイズなんでね。で?何?パトロール?」
「国勢調査レベルなんだけど体力ある?」

 はぁ、そりゃぁ大層なこった。

 しかし嫌味もなしに銀のリングが嵌まった、少しゴツい手でタバコを1本挟んだ同期のアレックスへと、朔太郎が物乞いに手を出せばライターが渡されたので、じゃぁとイチゴの飴を返せば「マジで?」と聞いてくるのだった。

「…一昨日擦った」
「相変わらず身の滅ぼし方がファンキーだなあ」

 なんなんかね、と呟きつつも口の空いたタバコを丸々寄越してくれたアレックスに礼も言わず、朔太郎は3日ぶりのタバコにありつく。

「前回の浮気大臣はなんとかなった?」
「ははは上司が全員知らないクソジジイになったぜ、サク」
「お陰で支払いが滞ってるんだけど」

 朔太郎は引き出しから電気代の紙を出しヒラヒラとアレックスに見せつけるが、「なんせ計算大臣だし」としれっとアレックスは言う。

「まだ入らないんだ?」
「あれからシュレッダーと部署掃除でしか稼いでないねぇ。現生支給申請してやろうかと思ってたところ。領収書切ったら君の首は河原で晒されるか?」
「…どこの国の何時代だか知らんが、飛んじゃうだろうなぁ」
「さて、ロシアンマフィアあたりが出てくるといいなぁ」

 アレックスは思わず灰を落とし「近いよ」と目を丸くした。

「え?マジで?」
「そこまで下品じゃないけども」
「はいはいはい、なるほど話を聞こうかMr.アレク」

 特殊犯罪部隊所属、朔太郎の同期であるアレックスがにやりと笑い、「まずはこれでも」と、書類かと思いきや日本製の缶コーヒーを渡してくるのだから怪訝に対峙しつつ、朔太郎はありがたくコーヒーを開けた。

「あっ、開けたねサク」

 楽しそうに言うアレックスに「はぁ?」と返せば「じゃ、決定事項で」と、漸く鞄から、如何にもポリスが保管していそうな分厚いファイルと、一枚の写真を渡してきた。
 違法捜査の臭い。

 眺めた写真には色白の少年か少女か、タイプとしては目尻は少しタレ目だが大きく薄い碧眼、鼻立ちもスッキリした印象、少し撫で肩。如何にもなヨーロッパ系の美形が写っていた。

「…誰?」
「どうだ可愛いだろサク」
「俺は婚活なんてしていないんですけど」
「へぇ、良いと思ったのに。まぁ補足すると男だからノーマルのサクちゃんには対象外かな?イケる?」

 アレックスの不透明な物言いに「…何のつもりだよ」とヤニクラでイライラした。

「まぁまぁもう一本やるから。こいつを探して欲しい」

 タバコを1本アレックスに貰い、朔太郎は自然と、アレックスが開いた資料に目をやった。
 が。

「…クロエ・アヴェリン…えっと、何系なんだか…アヴェリンって…ロシア系であってるか?25歳、へぇ、見えないな」
「よくわかったね。バリバリのロシア」
「…だけ?」
「いまんとこ。この写真は19歳の頃らしい」
「なるほど…現時点で質問」
「はい、シバタくん」
「はい。
 父親はわかってないのか?」
「父姓の件については説明します。
 父親は恐らく、『ユーリイ・ロマーノヴィッチ・バザロフ』。
 こいつはその息子『クロエ・ユーリエヴィッチ・アヴェリン』だと思われるが、それも不確定要素かなぁ」
「どこかで聞いたことあるな…」
「防衛大臣候補だよっ、」
「…隠し子か何か?」
「まさしく。
 探して欲しいと依頼をしてきたのは防衛科の重要ポストにいる男で、俺たちはその男をこそこそ嗅ぎ回っていたところです」

 朔太郎は、アレックスが持参したファイルを今度は自ら開く。

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