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翌日夕方、朔太郎はバザロフ家に先入りした。
SPという名目ではあるが、結局あれから進展もないのだからと、朔太郎は屋敷内をふらふら探索しようと考えたのだ。
1階の玄関からすぐにホール、階段、催し用の客間までは入って真っ正面にある。
左手側にはキッチンやら何やらと「作業スペース」があり恐らくは人の出入りが激しい。
右手側に主なその他スペースがありこちらが一家の生活スペースになっていそうだ。
2階はその他寝室や書斎や部屋各種がある。
…さて、ミハイルが言っていた離というのは最早違う敷地なのだろうか。
探索中に右側の奥、それらしい、重そうなコンクリートの扉を発見した。
「あら、どなた?」
後ろから声が掛かる。
振り向けば露出の高い、派手なドレスを着たレイラが姿を表した。
朔太郎は身分証を提示する。
「行政公安科警察係、事案記録・経理部隊隊長のシバタと申します」
「あら、隊長さんがお越しなの?」
声色をワントーンあげたレイラの期待を裏切るように「私しかおりませんので」と素っ気なく朔太郎が返せば「はい?」と、レイラのトーンは下がったような気がした。
「ご紹介が遅くなりましたが、今回旦那様の身辺警護を担当させて頂きます」
「…身辺警護?」
「何分暇な部署なので」
「ミハイルがいるじゃない」
「何かにつけて警護を置くのが警察ですから」
「…あらそう。そんなお方がこちらにどうして?」
「間取りの確認です」
「あらそうなの。案内致しましょうか」
「大方屋敷内は探索いたしました」
「貴方、日本人?」
ふいにそう聞いてはレイラがニコッと笑い、「素敵な御仁ね」と言った。
「日本人だなんて初めてお会いするわ。本当に黒髪なのね。よろしければそちらでお茶でも如何?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。しかし身辺警護はそういった施しを受けてはならないのです」
「あら、じゃぁパーティーは?」
「潜入の一貫ですのでそれなり、ケースバイケースです…と、ところでお伺いしたいのですがあちらの奥の扉は非常口か何かでしょうか」
だらだら話しても仕方ないと朔太郎が切り出すと、彼女はふと表情を変え「潜入の一貫ですか?」と訪ねてくる。
「はい」
「非常扉なら反対の奥にあるわ」
「では…」
「物置です」
…物置にしては大層丈夫な気がするが、そう言われてしまえば、確かにそうかという微かな違和感。
そう…どちらかと言えば「金庫」と言われた方がそれっぽい。最も金庫がここまで分かりやすいかという疑問はあれど。
「ま、貴方もゆっくり楽しんで頂戴ね」
レイラはそう言ってあっさりと優雅に去って行った。
やはり、まるで世間知らずな印象を受ける。
実感のないのは仕方がないが、まるで、こちらを単純に客なんだとしか思ってないような。
だからこそわかりやすい、扉については少しだけ反応を変えた。この扉には何かがあるのだろうが、そもそもプライベート空間であるのが現状か。
取り敢えずあとは非常口の確認をして終了しようと歩いた。
非常口は確かに、中からであれば簡単に開きそうなものだった。
間取りを頭に描けば不自然でしかない。
来客スペースは、だとすれば左右対称には作られていない。本来左側の扉が外に出る「非常口」となるならば、右側の「物置」分の扉は一部屋多いことになる。
物置の上にはユーリイの仕事スペースの二部屋目があり、そこには朔太郎自身も赴いた。
…どうにもこうにも不自然が分かりやすすぎる。
真実など単純なはずだ。隠したいものがなければ隠す必要はなく…開け広げてあるのならそれは、隠していないということだ。
欺こうというなら勿論そんな心理には辿り着かない。だからレイラの対応は不自然だ。
…では、そもそも欺くとしたら何故だ。理由がないならそれは欺く気もないはずで……。
矛盾に痞が増えていく。
朔太郎はポケットから飴を取り出した。
マスカット。これもまた酸味に痰が絡む味だなと不服に口へ放り込む。
自然と朔太郎は二階の右奥の仕事部屋に戻った。
「…如何でしたかシバタ殿」
全く信頼していない、不服な様子でユーリイはソファに座っていた。
「大方の間取りは拝見しました」
…確かに、仕事部屋自体は来客用の間と、奥は完全に事務所のような作りではある。
「…お伺いしたいのですが、丁度この下にある扉は一体なんでしょうか」
「あぁ、まぁ物置というか、ここに入りきらない物などを保管してある」
「…例えば」
「主に個人情報などかな。仕事柄取り扱うことが多くて」
…案外あっさり答えたな。
「…いくらなんでも流石に入れることは出来ないぞ」
「わかってます」
しかし。
「…それにしては間取りが不自然なもんですね。言うなれば非常口から真っ正面じゃないですか」
「それが何か?」
「…例えばですが、何者かが侵入したとき、そいつがバカであってもすぐに、あっさりと持ち去れる位置に個人情報など置くものですか?」
「裏を返せば火事があっても真っ先に持ち出せるだろ?」
「…まぁ、確かに。
なら、です。それはいつから」
「…さぁ。父も祖父もそこを使っていたもので」
…父も祖父も。
そのわりには扉はもう少し新しかったような気がするが…確かに、古い建物で重要な書類とあればドア自体を取り換えることは出来る…か?
いや、部屋の構造上難しい筈。
だがこれに関しては、きっとこれ以上は出てこないだろう。
「…それこそ離に置いてしまった方が安全な気がしますが」
悪足掻きをしてみた。
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