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「お久しぶりですねレイラさん、」

 部屋に入り込んだクロエは、座って休んでいたレイラの元へつかつかと近付き、胸ぐらを掴んで銃を向けた。

「…クロエ、」
「大丈夫まだ殺しゃしないよ。レイラさん覚えていますかこの顔を」

 怯えたレイラは歯をカチカチと鳴らし喋れないままだった。

「まぁ、覚えてないか。死んだ母は頭、陥没してましたからねぇっ、」

 クロエは足元に一発、発砲した。
 爪先あたりが血塗れになったレイラは悲鳴をあげ泣き叫ぶ。
 そのままレイラを投げ捨てるように離したクロエは「歩けないみたいだよミハイル」と、酷く冷酷な声色で言い捨てた。

「肩でも貸してあげなよ。部屋まで」

 恐る恐るレイラに肩を貸すミハイルは「クロエ、」と呼び掛けるが、クロエは弟に銃を向け「早くして」と従わせた。

 共に部屋を出てミハイルはあの部屋に向かい始める。

「懐かしいね」

 後ろから銃を向け着いて行くクロエは内ポケットから栄養材の小瓶を取り出し、プルタブを咥えて開ける。
 中身を一気に飲み干した。

 …溶けた錠剤が水にざらついている。
 その場に瓶を捨て、「ねぇ?ミハイル」と、クロエは一人で話し始めた。

「君だけだったね、僕の味方はいつだって」

 答えられるわけがない。

「僕は確かに君と遊んでいるときは楽しかったよ。僕が唯一知った外の世界に君は当たり前にいたんだ、ミハイル。
 ねぇ、どうだろう、可愛いかな?これなら父さんも可愛がってくれるよね?」
「…兄…さん、は…、父さんも、殺…」
「君は殺さないよミハイル」

 途端に激しい、痛みに近い吐き気がクロエの身体を競り上がり、「うぇっ、」と、動悸と共にあっさりと出ていく。

 クロエは腹を押さえて立ち止まりそうになった。胃液に混じって血が少し出たことに気付く。

 振り向いたミハイルが「クロエ、」と泣きそうな声で振り向く。
 はぁはぁと息を切らしながら「うるさい、」と低く唸るクロエは最早尋常ではなかった。

「…早くっ、」

 身体に血液が巡ることに熱さを覚える。
 沸騰するようにばっと上がる高揚感に、まるで全てを支配したような気さえしてきた。
 血反吐など、屁でもない。

 自分と母が過ごした部屋へ辿り着いたが、クロエにはドアを開ける気力は残っていなかった。

 それを伝える体力は惜しく、クロエはミハイルから奪い取るようにレイラの後頭部を鷲掴んだ。
 「うぅっ、」と悲痛に唸るレイラをよそに、クロエはただミハイルに「開けて、」と指示をした。

「…っ君、はっ……、ここで待っていてっ…」

 はぁはぁと肩を上下させて唸るクロエにミハイルは「待って、兄さん、」とまだ呼び止めたかった。
 そんなものも届かないクロエはただ切れ切れに「まだぁ…、ぁの口は、閉じてないかなっ、」と、冷や汗をかきながらミハイルに訪ねる。

 何も答えられないままのミハイルにクロエは苦しそうに微笑み、震える手で頭を撫でその扉に入って行った。

 脱力するようにミハイルが座り込む、そんな時に、ここまで続いた血痕を辿ってきた朔太郎が現れ「どうした、」と訪ねた。

「…上です、」
「何が、」
「兄は母と父を殺す気なんです、」

 察しはついたがミハイルはその扉から動こうとしない。
 意味はないと朔太郎はまた引き返し、二階へ走った。

 クロエはレイラを肩に抱えながら苦し紛れに階段を一段一段上がって行く。
 側には、母と共に眠ったベットも…赤黒くなった壁も目に入る。

 それがどんどん、急速にクロエの中で燃え上がっていくのを感じる。
 自分の目的が果たされるならと、興奮の方が先立っていた。

 この階段は、昔、ユーリイのデスクの下へ繋がっていた。
 しかし、流石に人一人分くらいしか通れるスペースが用意されていない。子供の頃には余裕だったそれも困難だと、クロエは一度レイラを階段に置き、一人部屋へ出てからレイラを引っ張りあげた。

 案の定、騒ぎの中で機密文書を持ち去ろうとしていたユーリイとかち合い、「……く、クロエ…っ、」と怯えた父に銃口を向け、レイラをその場に投げ捨てた。
 悲鳴は鈍くなる。

「ぁっ……、」

 声にならない声で真っ青に怯えた父へとクロエは微笑み、銃は持ったままドレスのスカートを摘まみ、

「お久しぶりです、お父様」

 そう挨拶をした。

「お前っ、」
「覚えておいででしたかお父様、とても嬉しゅうございます」

 銃を向けながらつかつか歩き攻めるクロエにユーリイは逃げるが、後ろ足であっさり縺れて転んでしまう。
 なんの躊躇いもなくそれに馬乗りになったクロエはユーリイの額に銃口を充てた。

「可愛がって頂けますかお父様、ねぇ、」

 …まるで子供のように笑ったクロエにユーリイは言葉も失った。

 その隙にクロエは、先程手に入れた手錠を父の両手に掛け、
「どうですか旦那様、まるで生き返ったとお思いになったでしょう?貴方が愛したアルビノの女を、」
と、ペラペラと喋り始める。

「ははっ、私は毎日毎日貴方の帰りをお待ちしておりましたよ。貴方が私を愛撫し舐めつくし泣き疲れたことはこの7年間毎晩毎晩夢に見るほど濃厚な時間でしたわ。貴方の犬のような吐息も、ねっとりゆっくりとした指の感触まで思い出せば背筋が凍るほどあれから、……過ごして来たのですよ…っ、ねぇ貴方、ふふふ、ねぇ、それとも小さい頃の僕を思い出しましたか?僕も可愛がってくれますか?母にしたあの凌辱で、」
「やめろ、クロエ」

 背後から男の声と、カシャッという拳銃の音がした。

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