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 朔太郎は、馬乗りになりユーリイに拳銃を向けたクロエの背を、射程範囲に捉える、

「…お痛はそこまでだクロエ。銃を置き手を上げろ」

 そんなことで言うことを聞くとも思っていない。朔太郎は挨拶代わりとして二人のすぐ側の壁に一発弾を撃ち込んだ。

「……Czよりかはこちらも破壊力があるぞ、この距離ならお前の頭くらい飛ばせる。俺はそんなこと」

 バン。
 クロエは構わずユーリイの顔面の真横に一発発砲した。
 掠り、飛んだ血を拭えば、黒子はどうやら描かれたものだったようだった。

「…どうぞ殺したければ殺してください。それで俺は漸く使命を果たしますよ」
「…何言ってんだ、」
「あんた言っていたじゃないですか、俺は所詮捨て駒だ。死んで初めて利益になる。最もあんたも俺もそもそも目的を掴めていないのだから殺せないでしょうけ…ど……っ、」

 まるでクロエの身体は波打つようにして口から、どす黒い血をユーリイの腹に吐き出す。
 怯えたユーリイを見下ろすクロエは「俺はね、」と、しゃがれそうな声で言った。

「…貴方だけは愛してもらいなさいと言った母が今でも忘れられない。母はね、あんたのことなんかひとつも愛していなかったんだ。当たり前だよね、でもわかっていたでしょう?」
「…はっ、」
「母はいつもあんたが与えてくれた服を破って、何もして貰えなかった俺にそれで、服を縫ってくれたんだよ。知らなかったでしょう?
 そこにいるアバズレは、それですら嫉妬し気色悪いと俺を叩いてすっ飛ばした、」

 思い出せばショックだったのかもしれない。幼い頃のそれは、しかし母は、クロエなら愛して貰えると信じ、いや、懇願のようなもので少しずつ、窶れていったのだから。

「どうしたら愛されるかと考えた時期もあった、それでもダメだった、だからどうだい父さん、」 

 言い切る前にクロエははぁはぁとしながらゆっくりと、父へ向けていた銃口を自分の蟀谷こめかみに押し当てる。

「…やめろ、クロエっ、」
「…ぇふ、BIと、CIA、だったっけ、」

 呂律も少し覚束ないで、銃を握る手すら微かに震えている。

 朔太郎がここへ来る途中で見つけた栄養材の瓶。
 パッケージは栄養ドリンクに似せてあったが“Modafinil”と表示され、乾いた中は白く粉状のものが付着していた。
 クロエは恐らく今、オーバードーズだと思われる。

「…そいつら、目的、俺じゃなくて、…そこにいるアバズレなんだよっ、けーじさんっ!」

 そう怒鳴るように言ったクロエはよたつきながらも立ち上がり、蟀谷に銃を押し当てたまま「まー…、見てろよ、」と、放っておいたレイラの元へふらっと立った。

 足を撃たれたレイラはどうにか逃げようとするが、無惨にも胸ぐらを掴み立たされ、クロエはレイラを盾にして拳銃を腰に押し当て歩かせた。

 歯痒い気持ちで銃を下げた朔太郎の目の前、二階のバルコニーにレイラを押し付け一度銃を見せつけたクロエは、その銃口をレイラの後頭部に充て「ほらよ!」と言い放った。

「お前らが欲しいのはこの女だろお偉いさんよぉ、」

 声を荒げたせいか彼はまた、血と胃液を吐き出す。
 心なしか暑そうに、顔、というか全身の肌色が火照ったように薄ピンクになり、汗もかいていた。

 過度な興奮状態にあるようだが、向精神の劇薬とあれば最早激しい自殺願望も懸念しなければならない。

「…FBIと、CIAだっけぇ…」

 また確認するように呟いたクロエは然り気無く、下で隠れていた狙撃手の数を数えているようだった。

「…あんた一体何したんだ」

 クロエはレイラに尋ねた。

「な、何………ぅを、」
「カフカとどういう関係だった、」

 吐き捨てる。
 …本当に知らぬ間にクロエはカフカに使われたようだ。

「か、かふ…」
「喋れないならお前なんていらない、誰も」

 そう言ってスライドを引いたクロエに「やめろ、」と朔太郎は声を掛ける。

「…今更その女を殺すも生かすも意味なんてないじゃないか、価値がない、」
「……あぁっ?」
「…君がその女を殺せばいずれにしろ、下を見ただろ、命はない、」
「はっ、だから何笑わせんなよ。いずれにしろこっちは奴らに初めから乗ったんだ」
「は、」
「おぃ……見てんのかバカ共っ!」

 カシャッとスチェッキンは音を立てたが「早く殺してみろよポンコツがぁ……っ、」と煽るも力がない。

「お前らが殺さないなら俺が殺してやるよ。この駄犬が本当に易々手放してやると思ってんのかっ!よぉっ!」

 言いながらクロエはレイラの頭を二回ほどバルコニーに打ち付ける。

 鈍い音が響く。

 それに朔太郎はシリンダーを回し、二人から遥か離れた位置へ威嚇射撃をした。しかし、朔太郎の.375マグナムはその柱を一本すっ飛ばす代物なのだ。

「ははっ!頭飛ばせねぇのかクソ日本人、」
「飛ばせる。マカロフやパラベラムと同等か、それ以上だ。
 だからこれに答えを掛けたい……!」

 だから、早まるな。

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