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…陽が照っている。
壁に寄り掛かるその紅いドレスが誰なのか、最早自分にすらわからなかった。
ただきっと、でも、その足元しか見れない。
この汚れた白いドレスから伸びる、綺麗だった足と…じわじわ広まる赤黒い血が床に滲んでいく。
自分はそれを見た気になっているが違う、あの日の自分は母の言いつけを破り飛び出し、あの女へ向かっていった。
まさしく一蹴されるかのようにひっ叩かれた、けれどそんなことより、と、また向かおうとしたのに「クロエっ!」と制するように彼女が叫んだから。
彼女に馬乗りになってしまったあの女を引き剥がそうにも無理だった。
そして。
気が付けば血溜まりも乾き、それは遠目に見た景色で。誰があのとき取り乱した自分を押さえ込んでいたかは定かじゃないが、そうやって紅いドレスの人形は運ばれて行った。
もう、もう二度と貴様らに触れさせることもない、近付くな、入るな………殺してやると乾いたその場所に踞った俺は……。
睨んだつもりだった。
クロエが起きたその場所は、コンクリートで寒々とした、窓しかない場所だった。
「………」
まるで飛び起きたクロエが自らの蟀谷に触れた瞬間、起きた朔太郎はとにかく「起きたか」と声を掛ける。
「…3日目の夜だ。旧約聖書じゃぁ『“神は光あれ”と言った』。太陽と月を作った段階かな、俺の生まれは仏教だけどね」
そう言った朔太郎はポケットを漁りクロエにハッカを投げ、自分はタバコを咥えたのだった。
…確かに、月明かりが射している。
朔太郎は監獄のベットの側でパイプ椅子に座っていた。
「……あんた、」
「ファッキンナチズムならすまねぇな。おはよう、クロエ・アヴェリン」
特に何も返答をしなかった。
が、少し俯いたクロエは「いずれにしても場所が悪い」とぼやいた。
「そうか。だがここは天国じゃないようだ」
「…みたいだね」
「どちらかと言えばハデスの方が近いか」
「さっきからつまらないんだけど」
手元のハッカをぼんやりと眺めるクロエにはまるであの、事件の覇気は失せていた。
「…状況確認が必要かと思って」
「いい。早く処刑台に吊るせばよかったのに」
「物騒だな。ついでに言えばミハイルが死んだ」
淡々と言う男に淡々と見返せば「悪かったな」と素直な様子で煙を吐く。
「……そう」
「…自殺だった」
「…つまらない話かもしれないけど理由は教えてもらえるの?」
「…残念だけど俺はそれが聞きたくて3日ここに張り付いてるんだよ」
「…知らないけど」
「君は一人も殺さなかったくせにな、情けない。俺と口を利きたくないのも理解するよ。
だから次は無いんだクロエ。尤も、関係がないと一蹴しても構わないが」
まるでそうとも思ってない黒目に底冷え、いや、闘志すら感じられるような気がした。
この男が何を考えるのか、理解が簡単なだけに「本当に知らない」と、正直な不利を話す他になくなった。
「…情けないことに。ごめんね日本人さん」
「…まぁ、」
少し和らげた朔太郎はタバコを揉み消してまた火をつけ、「大方わかってた」と煙を吐く。
「ここ3日の進展と言えば、君の母親が見つかった。姿はないが痕跡がな。
それについて聞こうにも犯人は重症だ、これは君の承知な事実かと思うが、」
「…そうだね」
「申し訳ないが……公安とはこの程度だ。家宅捜索では結局のところ、死人が二人と凶悪な強盗が出た、それで終わってしまった」
「……それは、」
「…これでも、思ったよりは尽力したんだがな。まぁ家は大黒柱が守るもの、その程度の話だ、実に面白くもなく目覚めが悪い」
「そんなことを言って貰えるとは思ってなかったけど」
朔太郎はにやっと笑い、「似てるな、ここ」とけしかける。
なんの事だかまでは言わずとも身に染みる。
「…そうだね。嫌いじゃないけど」
「好きではないだろ」
「まぁね。
何が目的?ついでに言うと過大評価はもっと反吐が出る」
「へぇ、軍人のクセに志が低いな、調子良い。君が知っていることをただ聞きたいと言うのもセンスがないと考えた」
「……返答によってはぶっ殺したくなるかもしれない」
「無理だね。君のスチェッキンもCzも俺が所持している」
「脅そうっての。別にそんなもんなくたっていい。ここまで来ればわかるでしょ。軍人被れなんて皆命が武器だと」
「単純に気に入った」
「…は?」
「それに俺は平和主義なんだ」
唖然としクロエの灰色の目は揺れ、間を置き「ははっ、」と皮切りに笑ったのだった。
「あんたはどうやら趣味が悪い。思ってたけど」
「よく言われるよ」
「しかし軍人にはいないな、俺を抱く気はないらしい」
「援護射撃をしてやろうと言う話だけど?」
「あぁ、そう、それは性癖?」
「似た物かな」
「なるほどね」
ついでに漸くハッカを手にして「これはなぁに?」とクロエは聞いてみた。
「俺の中では当たりだよ。日本人が嫌いな飴ナンバーワンらしいんだけど」と調子も軽く朔太郎が言うけれど、まるで間も持たず黙り込むのだから、やはりこの男は変態だとクロエには思える。
「…言葉の使い方、多分間違ってるよね。Can't you speak English?」
「Sort of.Don't give a shit.Anyway I'm Japanese.(まぁまぁ。俺にはかんけーねぇけどね)」
「ははっ、」
クロエは笑って朔太郎に飴を出し、「開けて」とねだる。
朔太郎が手にしようとすればクロエはその手を引き、抱きついてやった。ついでに耳元へ「趣味じゃないんでしょ?」と吹く。
ベリーナイス。アイムソーソー。犬も食わない交渉が成立した。
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