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出勤早々、部署の前にいた背の高いフランス人に「あぁサク。待ってたよ」と言われた。
彼、組織犯罪5部隊のミシェル・ジョスパンは台車に段ボール2つを乗せている。
「…おはようミシェル」
「いいなぁここは。10時出勤なんだね」
軽く嫌味ったらしいのは最早仕方あるまいと、挨拶も返してもらえないのは気にせず「置いといてもいいのに」と朔太郎は部署の鍵を探した。
「それが出来たら苦労しないよははは、君、ここに住んでなかったっけ」
「いまは家主がいるんだよ」
「家主?
…僕は確かにイギリス系だけどおフレンチだから幽霊物件とか本気でお断りしたいんだけど」
「日本でも「事故物件」と呼ばれ忌み嫌われるよ」
家主?とミシェルが言うと同時にドアが開く。
「早いねサクちゃん、おはよー」と、クロエはソファで裁縫をしていた。頭には鍔が広い帽子を被っている。ミシェルがそれを見てひゅうと口笛を吹いた。
「おはよう。黒江、仕事だから早く着替えて手伝ってくれ」
「あとちょっと待ってねー」
あ、そう…と言うミシェルを促しつつ、朔太郎はデスクからマジックを取り出し「最早その量はこれでいいかな」と聞いてみる。
「…開示?消去?」
「いや郵送で。腹立つから開示用にコピーしといて」
「…なんの事件?多すぎないか」
「一年越しだよ。見事に厚労のドラッグ部隊に掠められた、下手すりゃ島流しだよ」
「1年もやってりゃ最早捜査権は公安に委託されないのか?」
「さぁな、ホント腹立つ」
訳あり案件かと、仕方なしに朔太郎は部署のシュレッダーに電源を入れるがそもそも10時前に入れておけよ、立ち上がりに20分必要じゃないかと「黒江、」と叱ろうとした。
が、シュレッダーが瞬間にガガガガと、恐ろしい音を立てて動かなくなったことに「は?」とまず唖然とするしかなかった。
「え、何これ」
「あーごめんねサクちゃん。布入れたら死んじゃったけどまだ動いた?」
「トドメを差したぞおい。なんで布、」
言っているうちにクロエは縫っていた布を羽織った。
ロールプレイングゲームあたりの魔法使い。マントの先が絶妙にボロいというか、どうやらこいつはシュレッダーの使い方を知らないらしい。
「てめぇどうしたこれ」
「こんにちはー、助手の黒江百合でーす」
完璧に朔太郎を無視してミシェルに挨拶をするクロエにミシェル自身も「あぁえっとフランス人のミシェル・ジョスパンです…」と唖然としていた。
「ははは、ハロウィンには早いねぇ…」
「ティ ロスキー?」というミシェルの単語に「あぁ、わかる人なんだね」とクロエが笑う。その光景に朔太郎は最早諦め、もう1台のシュレッダーの電源を付けた。
「で、これは?」
「あぁ最近追ってたヤマで、中南米のカルテルの一派をあと一歩で潰しかけたが、FSBの潜り団体に勘付かれて見事に公安は捜査権を奪われたって話だ。マトリに持っていかれるのも大変腹が立つが、中南米に何故ソ連の残党が出てくるかというのは資料を拝見してくれ」
「拝見する前にそんなもん残していいのか」
「うーんまぁ、微妙だけど。所詮はあいつらはモグリだしユートピアへの直接的な権限はないだろ?知ったこっちゃない」
「……この段ボール2箱のシュレッダーはそうだな、1台ぶっ壊れたとしても残り2台旧式のポンコツでやれば5時間だが俺は読むのが早い、しかしそれでも3時間程度に入り組んでいると踏んだ、判断したい、手短にどうぞ」
「はっ、郵送しろっつったのはそこですよ、正規ルートだろ?という皮肉を込めて。したら資料代で莫大な金を摘まれそうだ畜生め。どうせ連中は野放しになって終わる。ただの隠蔽じゃ腹が立ちっぱなしだろ。あいつら警官をなんだと思ってんだか」
「FSBか…」
恨み辛みを吐き出すミシェルにはブドウの飴を渡してやり、朔太郎は先日買ってみたソーダの飴を口に入れた。
「悪いなサク、嫌煙家で」
「別にいい。まぁ言いたいことはわかった。しかし段ボール2箱の郵送にはいくらかかるか、それは組犯5で領収書切るぞ」
「どーぞどーぞ。いくらか知らねぇが億で動いたら完璧に隠蔽だ。次に街でやつらを見かけても僕は指を噛み切るほどに咥えるしかないし、辞めてやろうかな」
「まぁまぁまぁまぁ。確かに幽霊嫌いには気持ちのいい話じゃないな。中南米カルテルなんてどうしてあがった」
「闇医者だか温室だかはわからないがそこがバブルになってたわけ。カルテル抗争でドンパチがある前にと、そもそも誰に売り飛ばしているのか、気になるのがウチの仕事だよな?」
「真面目なやつだな。ルートは船か?」
「あぁそれが」
「ロシアか。ふーんなるほど。それは防衛やら国交にはまだか」
「さぁ?まぁ公安程度を潰しに掛かるのは気掛かりだな」
「…近頃物騒だな」
朔太郎がちらっとクロエを見るが、クロエはぶっきらぼうに「何」と聞いてくる。
「まぁ正直物自体はそうだな、違法だが違法じゃないような、どこの軍人が使うんだよと言いたくなるものばかりで、だからいずれにせよマトリの出番はないはずの案件だったけどね」
「あそう。じゃぁ武器輸入に論点をすげ替えればいい。
………というわけでもなかった、と」
「そうだな。なんせ1年だ。当たり前にやってる」
そこまで聞いて漸く朔太郎は段ボールの中からひょいっと紙の束を一つ取り出した。
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