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「貴様、」
「俺を殺しに来たんでしょ?」
空気が冷えた。
クロエの笑みは少し悪どくなる。
「…ぁあ、」
「何?喋れないの?」
「てめぇ、」
「君、俺のこと嫌いだもんね」
バンっ、と机を蹴るヴィリバルトに「なんのつもり、」と声を低くする。
「違うって言いたいの?」
「あぁ?」
「Sit down」
「なんだぁ?」
「すっかりゴロツキになりやがって。ところでどうしてあの日君は俺の手錠を外したの」
急に、腑抜けたようにヴィリバルトはガタン、と椅子に座った。
「…知ってたよね」
その一言で「違う、」と、漸く言語らしい言語を引き出した。
「違う、俺はそんなんじゃない、」
「…何が?」
「あの日俺はエタンに連れてかれた」
「病院に?」
「違う、」
「よく、わからないなぁ」
ふとクロエは何か、ポケットから写真を出してヴィリバルトの前に置いた。
一体いつ、なんの写真をと朔太郎が覗こうとすれば「エタンなの?これ」と静かに畳み掛ける。
それで、あの正体不明の死体かと瞬時に理解した。
「………」
「でも、エタンはあの日死んじゃってるはずだよね。
そう言えばサクちゃん、俺思い出した、あの俺とすげ変わっていたアメリカ人の軍曹。ラッセル・ハッカーだよ」
「…ラッセル…?」
「思い出した?あのクソ教官」
用意が悪かった、名簿は持ってきてないが「ラッセルだと……!」とヴィリバルトは驚いたように立ち上がる。
「……ラッセル…」
「あのキツネ野郎は白人至上主義だったもんね、ねぇヴィル。君に命じたのはホントはエタンだったんじゃないの?」
「…は?」
「君と入れ替わったディルは黒人さんだし、あの野郎を殺しちゃってもまぁまぁわかるかなって思って」
つまり…。
「交換殺人って言いたいのか、」
「そ。カツマタさんさっすがー」
「それがどうしてお前を殺しに来たと」
「俺んち左派政党だしユダヤ系らしいんだよね」
「………なるほど」
漸く朔太郎にも繋がった。
軽い口調は一瞬にして消え、「どこまでバカにすれば気が済むの」と、クロエはヴィリバルトに吐き捨てた。
「違う、俺は、」
「違くないんだよこのファッキンナチが。お前のその平和主義ぶってんのが一番腹立つ、挙げ句犬か、笑えるな畜生め」
カツマタにも朔太郎にも、入り込めない空気だった。
「…お前にわかって貰おうとも思えないよ、あの日お前は俺を殺してもくれなかったし俺も殺し損ねてる。まぁ、いまやどっちも死んだも同然だから…」
言葉は一瞬詰まったようだった。
「同じだよ、ヴィル。俺はお前ほどラリってないけどね。
カツマタさん、こいつが殺したのは、ラッセルだったんだよ。エタンは逃げ仰せてる。だから顔がわからないんだよ。あの死体はディルが用意したんじゃないの?しくったからこうしてこいつが生け贄になってる、と」
「んで?」
「俺を探してるのはエタン?ねぇ教えてよヴィリバルトくん」
エタンは確か教官か。なるほど、基地内では中途半端に偉い地位だ。
さて、そうなるとカフカを使っているのか使われているのか…。
考えている隙に、「ふは………うはは!」と、唸ったヴィリバルトがガタン、と、クロエに掴み掛かり組み敷き首を絞めた。
あの日、岩を手にして思い出したのは……。
クロエの記憶に掠める、頭を打ち付けられ死んだ自分の母親だった。
「んのっ…!」
しかし。
いざ自分を殺そうとしている相手がボロボロと泣き始めるのだから一瞬怯む。
「おい」
朔太郎がヴィリバルトの背後から首筋へピタッと銃身を当てた。
「殺せないだろ、お前じゃ」
まるで、やってみろ、貸してやるよと言わん朔太郎の態度にヴィリバルトが振り向こうとすれば、「望み通りなぁ、」と、随分と重みと迫力が押し込まれた言葉を朔太郎は吐く。
見ている先はクロエなのだ。
きっ、と、頭に血が登ったのだろうヴィリバルトに、クロエは腕をタップし降参の意を示した。
「………っ、」
力を緩めたヴィリバルトに、咳き込んだ。
「…っのクソ野郎っ、死ね、」
振りほどき立ったクロエに脱力したヴィリバルトが、まるで子供のように泣き崩れる。ごめんだか、なんだか、とにかくそんな物でしかなかった。
特に、朔太郎もクロエも目を合わせることなく取調室を出て行く。
朔太郎はカツマタに一応、「悪かったな」とだけ、すれ違い様に一言詫びた。
とにかく、一気に殺伐とした空気。
外では眺めていたクリスタルが「最っ低ね」と、鑑識資料をヒラヒラさせた。
「相変わらず人使いがどうかしてる」
「……喋んなクソアマ」
朔太郎は資料をクリスタルの手から奪取し、まず、早歩きなクロエに着いて行くように事務所へ歩く。
読み通り、指の主は「エタン」だった。こいつも最早潰れたということは、結局生き返りもしなかったのだ。
単純な構図として考えれば、見せしめであり、これは分裂に近いのか、なんなのか。いずれにしてもカフカの立ち位置はより怪しくなった。
「特犯1と捜1に資料開示請求をしたい」
「必要ないわよ」
「あっそ、」
「まずは纏めなさい」
「指図すんじゃねぇよ、気分悪ぃ」
黒蜜を口に入れて即噛み潰した。まるで、犬のようだ。
端から、苦い味だったはずだと、震えているように見えるクロエの背を睨む。
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