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 騒然としていたその場も、「よかったですね」という雰囲気のままに解散した。

 特に誰も見ていないので朔太郎は廊下でタバコを咥えて火をつける。構わん。調べるのはなんでも良いがあのバカ野郎は本当に生きているのかという思いもあった。

 まずはオーリンの部屋の前で聞き耳を立てた。

「ご気分悪くないですかー」

 オーリンは平坦にクロエに声を掛ける。まるで興味もなさそうな声、表情。

「………っ、」

 先程起きた一瞬、クロエは混乱して横っ面を殴りそうになった。しかし身体の痺れでなんとか自制が出来たのだ。

 そもそもまだ喋れないし悪いに決まってんだろ。

 はぁはぁしながら眺める横っ面。まさか、すぐに辿り着けるとは思わなかった。

 サクちゃん、ビンゴ。ここ真っ黒みたいだよ。

「あぁ、申し遅れましたね。医務官のマティアス・オー…」
「…ぃるか、」

 思い出した。
 どうやら最高の麻酔薬を使っても頭はボケないらしい。
 医者は薄笑いで「あぁ、はい」と眼光を光らせた。

「…久しぶりだね、クロエ。生きてたんだ。会えて嬉しいよ」

 ……なるほど。
 概ね読みは外れていなかったようだと、ドアの向こうで朔太郎は灰を落とす。

 息が上がって喋る云々じゃない。
 が、元軍医、ミルカはまた薬品を注射器に移している、それどころじゃない。

「…はは、そう警戒しないでくれよ」
「………、」
「まるで人を殺人犯のように見るなぁ。
 君は先日ブタ箱に突っ込まれたと記憶してるけど、違う人だったのかなぁ?」

 あくまで淡々としている。

「どうやら手も足も、それどころか指一本すら健全なようだね。見世物小屋から逃げてきたわけでもなさそうだ」

 警戒するクロエに構わずミルカはクロエの腕を取った。
 渾身の力でそれを振り払うも全くふにゃふにゃで痺れる。だが、注射器を吹っ飛ばすことは出来た。

「へぇ、思ったより元気だ」
「……何、してん、の、」
「ん?」
「ここれ」
「見てわかる通り医者だが?」
「なんで」
「なんでって。あそこがなくなったから」
「そぅじゃなくて。何故生きてる、」

 動いていれば痺れも慣れるようだ。

「…生きてるに越したことはないだろ?」
「はぁ?」
「おかしいな。あっちに居た頃はもう少し可愛気があったんだけどね。誰にも逆らわず、皆と仲良く楽しそうにやってたじゃないか」
「うるさい、」

 どこまでも見下したように言いやがる、この野郎。何がだ。

「違かった?」
「殺すぞ」
「勘弁してよ、ははっ。でも、動けないんだろ?まだしばらくは痺れてると思うけど」

 確かに。

 こうなる予想は少ししていた。昔、誰かから聞いたことがある。呼吸が止まったときに打たれた薬で暫く動けなかったと。

「…で?こちらも聞きたいんだけどなんでここへ?」
「………」
「先日、ヴィルが捕まったらしいな」

 腹が読めない。昔からそうだ。

「あっそ、」
「改心してくれたと思ってたんだけどな。当時の上官を殺しまくったんだってさ」
「改心?」
「ここに来て暫くは大人しく影で薬ぶちかましてたんだけど、なんて言ったかなぁ、黒人の。あれが来てから豹変しちゃってね」
「……」

 ディルかもしれない。

「お陰でここも真っ赤っ赤だったんだよ。見る?綺麗に取っといてあるよ」
「……はぁ?」
「解剖。彼、ネクロマニアだから。手先は器用だったみたい。あれなら上手くやれば出世できたのに」

 …やはりか、なるほど。

「…あんたにだけはあのジャン中も、言われたくないと思うけど」
「そうか?別にマニアじゃないけど?」
「変わらないよ大して。お前ら皆変態だ」
「あぁ、喋れるようになってきたな。昔話にでも付き合ってよ」
「何してんの?あんたは、今、」
「だから、見てわかるだろ?医者だよ」

 話が通じない。
 しかし、このサイコパスさは今に始まったことではなかった。密かにクロエは、ミルカの死角の左手を閉じたり開いたりした。

 ふいに肺が痛くなった。

 咳き込もうにも咄嗟に手も使えない、何か痰のようなものが絡み、息を吸うのも辛くなった。

 そんなクロエを見てもミルカは「あぁ、血ぃ出ちゃった?」と、面白そうに言う。
 「よいしょ」と身体を横に向け袋を宛がって背をさすりながら、「君、肺弱かったけ?」なんて続けるのだ。

「間違えたかな、量。
 よくわかんないけど死にゃしないと思うよ」

 …このヤブ医者が。
 こいつは骨折しても、ラリっちまうような劇薬を打ち込んでくるバカ野郎だ。

「根性だぞ、根性」

 …殺す気かこの野郎。

「…相変わらずヤブだね」
「生き返らせただろ?俺は今や神とまで言われてるんだよ?」
「バカなんじゃないのっ、ここの医者」
「無知って言ってやれよ。一応頑張ってんだから」

 この薬ダメだな、と平気な顔をして患者の目の前で言っては、こっちだったかな、だなんて、薬品を漁り始める。

 どうかしている。

 お陰でなんとか動けるだろうか、根性で。どこも折ってないし。
 だが今逃げるのも尚早だ。

「で?君、なんで来たの?」
「さぁ、」

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