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漸く、とタバコを咥えた朔太郎に、「ちょーだい」と、クロエもねだった。
「ねぇ」
タバコ同士で火が触れる。
火が怖いのだろうということには、先日気付いたのだ。
「全科ってのは、部署吹っ飛ばしたやつなの?」
デスクに座ったクロエが言う。
「ああ」
「試しに聞いて良い?」
「そうだな。相方を見殺しにしたんだ」
重い煙が肺に染みる。
それは、5年以上は前のことだ。
「…狂暴犯への理解、説得が足りなかった。相棒はその場に一人踏み込んだ、和解出来ていると思い込んでいた。結果、帰ってきたのは穴の空いた死体だった」
「…そうだったんだ」
「俺は、相手が人間であることを忘れていたんだ。
結局その場で何が起き、引き金になったのかは、死人には聞けなかった。その犯罪集団もその場を爆破し闇へ葬られた」
「…野暮なこと…言うけど、」
「最後ゴーサインを出したのは俺なんだよ。
それから本部は解散を余儀なくされた。その本部にはアレクもいたわけ」
「…よりわからない、何故、俺を」
「甘く見ていたんだろう、それが俺の分析だ。神経質な現場に良くも悪くも慣れ、麻痺していたんだ」
「……“知性の声は小さい”か」
なるほど。
「下手なエゴイズムを聞くよりは筋が通ってるね。じゃあ、俺を懐柔すれば良いと」
「別に懐柔は求めていない」
…えらく、柔らかい場所に触れたものだ。
「ま、ありがと。それだけ聞いておきたかったの、気持ち悪くて」
「そうか」
…忘れることが防衛と説くのであれば、それは難しく、単純だ。そんな一言で表せるのなら、いつだってこんなこと、やめられたのかもしれない。
人とは、三つの要素なんかでは出来ていないのだ、実のところ。たった三つだけなら、誰だって苦労はしないはずなのだ。
暫く二人で無言のまま煙を貪った。
「いまならさ」
「ん?」
少し伏せ目になったクロエがぽつりと言った。
「いや…まぁ、今ならって言うか、わかってたんだよねどこかで。レイラの気持ちというか、なんというか。こうだったら、こうだよなぁ、てやつで。これがスーパーエゴってやつかな」
「…反省か?」
「そうじゃない。ただ」
「お前が一年どうしていて、誰にどうけしかけられたかは知らないが、」
朔太郎はクロエに爆弾飴を渡す。事務所の前まで来ていた。
「あの時お前が傾いたのはイドかエゴか。そういうのも考えるためにここがあるわけだ」
扉を開ける。
クロエの表情は見えないが、「後悔でもない」と、声色は穏やかだった。
「もっと人間的な…大切な部分は欠けているんだよ、サクちゃん」
まぁ、そう言うのなら、それでも良いだろうけれども。
俺には多分、それはないよ。なのに見てるものは、どうやら変わらないものらしいと、飴を噛み砕いた。
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