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 東京某所。
 白昼の歩行者天国、通勤時間の真っ只中だった。

 雑踏、車のエンジン音、信号機の音、ビルの広告で流れる音楽。人々は忙しなく行き交う中、いつも通りの殺伐とした排他的な日常に、その男は紛れていた。

 通勤鞄をぶら下げ、入社から半年。切山きりやままことは何気ない日常を過ごしていたはずだった。

 安く、目立たないグレーのスーツ一式に紺色のネクタイ。ごく一般的な奥二重でコンプレックスの童顔。

 ぼんやりとした切山は欠伸を噛み殺し、営業先へ向かう。
 営業とは言っても、所謂、取り立てや詐欺紛いの売り込みというやつだった。切山はこの半年、薄々自分のしていることに疑問を抱いていた。

 誠。この字は本来忠誠、真実、日本語でとても良い意味で使われる言語のハズだ。しかし実際の自分は今、恐らくは世で“闇稼業”と言われる稼業をしているのではないかと思えてならない。

 昔、記憶の最後の父が自分に名前の由来を教えてくれたのを思い出す。父は他界し母もそれから行方知れず。それがきっかけで学校へ行っても“苛め”を受けていたようだがそれも元来の「真面目さ」「純粋さ」ではね除けてきたはずだった。

 結果、何故か今こうしている。

 大学でプログラミングを学んだはずだった。何故こうしているかと言えばそれは素養がなく、真面目さゆえの無難、流されやすさが原因だった。稼業の本質に気付いた頃には、すでに自殺者を出すほどに自分は業績を上げていた。それほど自分は困窮しているのかと、嫌になる。

 東京某所の路地裏へ歩いていく。
 今日の一件目は繁華街のクラブだった。そのクラブ経営者の事務所兼自宅へ向かうのだ。
 だが社長から貰った地図は雑な手書きだ。一向に繁華街から抜け出せない。

 道に一本入れば一気に人通りがなくなり、キャッチやら勧誘に声かけられる。
 切山はその筋では、わかりにくくもまともな顔立ちである。目元はハッキリしていて中肉中背な、小柄なタイプである。しかもわりと綺麗なストレートの黒髪。どうにも、繁華街裏ではキャッチにも勧誘にも自棄に声を掛けられる。
 比率では黒人5割、風俗2割、3割は「兄ちゃん良い面だね、働かない?」というホスト勧誘だった。

 多分違う。こんなわかりやすいところじゃないんだけど。

 もう一本ズレて入れば昼の癖にキナ臭いまでに人は愚か、猫すら通らないような路地に入った。当たりか外れかわからない。最早手書きの地図はポケットにしまった。

 表とは違う殺伐さがある。何処と無くアンモニアやらシンナーやらが匂いそうな雰囲気だった。

 そんな、ゴーストタウンのような場所に一人、事務所のようなビルの前で誰かを待つようにオカマが立っていた。明らかにオカマだ。ピンクの膝丈の、ネグリジェのようなワンピースから覗く足は脛毛が濃かった。キョロキョロするそいつの口紅は赤く、しかしそれ意外がすっぴんだ。

 だからわかった。

 切山の目的であるバー、“honeymoon”の店主、源氏名“みちこ”、本名“大平おおひら慎平しんぺい”だ。

 奴は40日前に30万を借りたきり、返済を滞っている。今や返済額は利子がふくれて1,113,879円となっている。闇金とは、そういうものだ。所謂トサン(10日で利子3割)と言うやつだ。

 10日目に9万を返したきり応じない。今日までで9万、つまりは残り1,023,879円を回収しにきた訳である。

 女装をしているが写真を見ればわかる。骨格や顔の形、髪型などだ。

 奴はどうやら、ホストクラブに入れ込んだらしい。最初は50万と抜かしてきやがったが社長がトサン計算の電卓を見せると30万に引き下げたのだ。

 そろそろ金利がヤバい、逃げられると、せめて2回目の利息、117,000円のだけでもと、回収に赴いたのである。

 元来、切山は裏稼業顔ではない。こんなとき、印象に残りにくい顔は便利である。初対面だし、走って逃げられることもないはずだ。

 ふと。

 事務所の横の裏道、路地裏から一人の、背が高く黒いコートの背中に少し癖のある長めの髪の男が現れた。切山が立ち尽くして気配をなんとなく癖で消せば、オカマ大平がその男の肩に嫌らしく手を伸ばした。

 直後だった。

 ぽすっ、と言う音。聞きなれないが辺りに一筋、男と大平の間に煙が立った。

 間を置いて大平の腕が力なく滑り落ちるのが見えた。男が一歩離れれば、銃を持ち血を腹から流した大平が倒れていた。

 コートの男はそれを見下ろしてタバコに火を点けた。口許下の黒子が印象深く、ハッキリした目鼻立ちの、所謂切山とは違う男前というやつだったが、男の手には大平と同じタイプの黒いオートマチック拳銃が、煙を上げて握られていた。

 男がふらっと、タバコ片手に切山の方へ身体を向けた。目が合えば少し目を細め、拳銃をコートの右ポケットにしまった。

 無言でタバコを吐く。指は細くて長いが結婚指輪らしきリングを嵌めていた。ふと大平に視線を落としダルくその手を下げ、その場にタバコを落として尋ねた。

「闇金かお前」

 と。

 切山は硬直して何も言えなかった。
 それに男はふとニヒルに笑い「自殺だ」と言った。

「借金を苦にこのM92Fで自殺。入手経路はお前、ヤクザだ」
「はっ、」
「しかしお前だと言う痕跡はない。わかったら黙って引き返しなお坊ちゃん」
「いや、」
「“アルカナ”。そう言えば末端のヤクザのボスでもわかるだろう。今日は外れだ。精々死なないように帰れ」

 淡々と男は言ってまた、舞うように死体を跨いで路地裏へ消えてしまった。

 唖然とした。
 しかし切山は頭を働かせケータイをポケットから取り出した。

「…もしもし牧島まきしまさん。切山です。
 殺されました、“アルカナ”に」

 電話越しの雇い主、牧島の空気が変わったのが分かる。そして命じられた、「静かに戻ってこい、つけられるな」と。

 まだ切山は唖然として携帯をするりと、力なくポケットにしまった。

 あの目は戦争をしていた。
 つまりは、業界にいる「殺し屋」のような者が持つ輝きだった。

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