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 切山は事務所に帰れば驚愕した。
 自棄に、外からして事務所が静かなことに違和感があった。

 自棄に開けにくい事務所の扉を開けた瞬間、驚愕だった。

 組員の40代、銀スーツの吉田が、落ちてくるかのように足元に転がってきた。見れば胸に一発穴が開き、血がだくだくと出ている。

 何事だと恐る恐る中を見れば、血の海とはまさしくこの事で、牧島金融の組員全てが血を流して転がっていた。目につくのは正面の社長のデスク。社長、牧島まきしま利夫としおは座ったまま眉間から血を流し背凭れに凭れて絶命。

「あ、そう。わかった」

 デスクには先ほど“アルカナ”と名乗った男前がダルそうに手をブラブラさせて社長の左側、対峙する切山の左手側にしゃがむように腰を下ろしていた。

 社長側、男の右手の指に挟まれたタバコ。手元にはあの拳銃が置かれていて、俯きがちにタバコを捨ててはまた胸元から一本出し、器用に片手で金色のジッポを開けていた。

 左手でケータイを切り、切山を見つめて一息吐いた。紫煙は登る。

 目が合った瞬間に切山は“殺される”と思った。だが動けない。

 喉通りよく聞き取りやすい、低めの声で言われる、「キリヤママコト」と。

「ご苦労だったな」
「…はっ、」
「単刀直入に聞こう、お前は一体何者だ」

 それから男は、社長の前に広げられていたファイルを捲り、「切山誠」とはっきり発音をした。

「ここに書かれてる情報がお前だけ出鱈目なんだが」
「…なにが、ですか」
「お前、両親なんていないそうだな」
「…なんで、」
「しかし情報がない。お前は一体何者だ」
「き、切山、誠ですけど…っ」
「それを証明できる物はあるか」
「め、免許証…」

 言って気付いた。

「てか、な、なんなんですか、」
「俺か?見てわからないか坊主」
「こ、」

 殺し屋ですか。
 言えるわけがなかった。

「どう見ても“殺し屋”だろ」

 しかし男はそう言って笑った。

「…お前も大差ないだろ切山。お前、何人殺したと思ってんだ」
「俺は殺してなんて、」
「お前が取り立てて自殺した女の遺族から、ここを潰せと金を貰った。確か社長令嬢で、そばかすの酷いホスト狂いだった」
「そんなの、」
「覚えてないか。まぁ、あちらもお前なんて覚えてなかった。地味な顔だからな。一件真面目そうだしな」
「じゃぁ、」

 男はタバコを捨てその手に銃を持った。カシャッとスライドを引っ張り、切山に向ける。

「どうせお前はこの世にいない。今死んでも大差ない」
「待って、」
「金のダニなら金くらいあるだろ。なら考えるが」
「はぁ!?」
「生憎お前はそれほど恨まれる人生じゃないようだ。特に名指しで頼まれてはいないから殺す意味すらないが、見られたからにはな」

 またタバコを吸った。
 どうやらヘビースモーカーらしい、と、全く関係ないことが切山の頭を過った。

「ここが潰れなきゃ、お前も殺されるほど恨みを買ったと言う話だが、胡散臭いなお前」

 何を言ってるかさっぱりわからない。
 この男こそ一体何者だ。

「…俺はただ、たまたま、ここに拾われただけで、」
「なるほどね」

 漸く男は銃を下げた。そして告げる。

「お前、この世にいないことになってるぞ。自殺、だなこりゃ」

 男はにやりと笑った。
 何を言われているかさっぱり、わからない。

「…どう言うことですか」
「戸籍にお前がいないと言う話だ」
「はぁ!?」
「多分闇で売られたな。お前じゃなくとも、知り合いとか、そんなのにな。だからここに居るんだろ」
「なっ、んで、」

 もしや。

「…母親?」
「覚えがあるのか」
「いや、」

 しか思い付かないだけの話だ。自分を捨てた母親。

「で?死ぬ?」
「は?」
「こちらとしても戸籍がないのは大いに歓迎するが。どうせ大した命じゃないだろ」
「…なんでそんなことに」
「よくある話だ。個人情報だなんて物にはな」

 そう言えば。

「ここに入るときは流れでした。どうせ自分なんて、何やったって変わらないから、入れてもらえる会社に」
「死んだも同然な感性だな。決まりか?」
「別に死にたくなんて…」

 どうだろう。
 誰にも恨まれないくせに、誰かを殺してきたようなことをして。
 誠。
 それが真実ならば今自分は、果たして自分のためでもなく、何のためにこんなことをしたてきたのだろうか。そして今や、自分がいなくても何とでもなってきた何気ない生き方に、世に、嘘臭さと業が感じられる。

 反省もあるが惰性もあった。途切れなく。しかし、そんな思いを馳せる余裕なく、どうにかなるを、どうかしてきた、それほどに“切山誠”としてこの頃は、生きてきたが、何のためか。

「…俺は、」
「受け入れるふりならしても意味がない」

 強引だ。
 しかし自分も、同じだ。

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