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午前中、毎日のように切山は隣の部屋へ訪問する。出勤の感覚だ。こんなに近すぎる職場は初めてだ。
朝の8時。カーテンは開いているがどうにも、人の動く気配がなかった。そして、日向がソファに寝ていないことに切山は眉を潜めた。
俺、もしや来ちゃならんタイミングだったの?と。
恐る恐る切山が寝室を覗けば、間貴志一人がうつ伏せで寝ていた。ピクリともしない間貴志に、大丈夫かなこの人、となんとなく不安にかられた。
昨日は気付かなかったがどうやら、大きすぎる日向のお手製ニットから覗く首筋辺りに噛み痕があった。狭いが左側にスペースはあるし、やっぱりあんたらなんかそうなの?と言うのも頭を過った。
「…間貴志さん、おはよーございますぅ…」
何故か声を潜めてしまった切山の声にも、間貴志はピクッとなり、重そうに眉をあげては「…キリヤマくん?」と、不機嫌そうに低音で言った。
それから間貴志はダルそうに起き上がり、やはりスッキリした寝起きではないらしい。頭を押さえながら半身を起こして「何?」と言い捨てた。
「いや、あの…しゅ、出勤?」
「あっそう」
不機嫌が明白になった。
朝に弱いんだねあんたと切山は思い、「あ、コーヒー…いれますか?」と間貴志に聞いてみた。
「ん」
と短く言った間貴志はまたうつ伏せで寝転がってしまった。
その前に朝飯だったかと考えたが、そう言えば料理係りは確か間貴志だったなと考え直す。と言うか、日向がいないのだが、仕事だろうか。
「…間貴志さん」
「…んー」
「あの、日向さんは何処《いずこ》へ?」
何処へって、現代あんまり使わないじゃん。て言うかこの人意味わかるだろうかと思えば「いやわかんない」と返ってくる。果たしてこれは意思の疎通が出来たのだろうか。
「…仕事ですか日向さん」
「んー、」
多分疎通は出来ていないだろうと思いながら苦笑し、切山は日向宅のコーヒーメーカーに豆を用意する。正直分量がわからなかった。
「何杯ですかこれ」
と間貴志に聞くが、「あんたと俺の分でいいよ」と言われる。
いや、この豆用スプーン、豆何杯でコーヒー何杯分かわからないんだけど、大体1杯で、1杯だろうか。
取り敢えずそれでいいやと2杯の豆をいれ、水を2杯のメモリにあわせて水道の、浄水を汲んでいた時だった。
「あんた何してんの」と間貴志が起き上がり眺めてくる。キッチンから見れば間貴志が寝ぼけながら覗き込んでいるが、
「水ならその辺のペットボトルにあるけど」
と、少し掠れた声で間貴志は言った。
「え?水?」
「うん、水。え?なに?」
水、汲んでますけど今。
もしや。
「…水道水飲まない系ですか間貴志さん」
「は?
コーヒーはそれでしょ普通」
何その無駄なこだわり。日向の顔が浮かんだ。あり得る。あの男そういうとこ、意識高そう。
渋々切山はいま汲んだ水を捨て、言われてみればそこかしこに常温で置かれているミネラルウォーターの、一番使いかけっぽい量が入った2リットルペットボトルの水を入れる。
こぽこぽと水が落ち始め、切山がリビングのソファに座れば、ベットに寝転がる間貴志がじっと、茶色く綺麗な瞳で見つめてきた。
「しゅっきんって言ってたけど」
やはり白人なんだろう、肌が白いなぁ、太陽に透けちゃいそうだよと切山は間貴志を見つめる。しかしその美しさは皮だ。中身は相当変である。
「仕事、そんなにしたいの?」
「いや、別に…」
「ふうん」
起き上がればダルダルパーマも若干乱れている。いま8時だぞ。というか。
「間貴志さん、日向さんは一体どこに」
「んー知らない」
「え?」
「今日は多分帰らないよ」
「そうなんですか?仕事?」
「仕事仕事って、お前はなんなの?
今日は休みでいいじゃん。ソウちゃんOFFなんだし」
「はぁ…」
なんだろうかこの自営業感。
いや、いままで黒い仕事しか職歴がないけど。
「ソウちゃん、今日はパパの日だから」
「…ん?」
父の日って、もう過ぎてないか?
切山は然り気無く、テレビの前に置かれたデジタル時計の日付を見た。
7月5日。
うん、余裕で過ぎてる。
切山がちらっと時計を見たのを察した間貴志は「父の日じゃなくて」と付け足す。
「ソウちゃんがパパの日なの」
「…ん?」
「察しが悪いな。
一年に一度、ソウちゃんこの日はパパになるんだってよ」
なんだか物凄く気まずい話じゃないか、それ。離婚的なやつなの?
「えっ、えっと…それは」
「…子供と奥さんが死んだ日なんだって」
「あぁ…へ!?」
間抜けに声が裏返る。
しかし間貴志は我関せずで、コーヒーを啜って隣に座りタバコに火をつけた。ダルそうに体育座りの膝の上に、両手を投げ出すように。
「だから今日はいないの」
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