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 日向は苦い顔をしながら、スウェットのポケットから星柄、灰色パッケージのソフトパックを出しては「ちっ、」と舌打ちをして一本取り出してパッケージを捻った。噛んだタバコに金色のジッポで火を点ける。

 そんな明らかなる不機嫌さに仕方なし、と言わんばかりに間貴志も、マウスの近くに置かれた、パッケージ上部が緑色のタバコを薄唇で食み、それを見下ろした日向はシガーキスをした。

「|大平《おおひら》の件はあっさりだったぞ」
「あっさり?使えなそうな闇金一人連れ込んどいて?」

 自分のことだろうと、切山は不機嫌そうな間貴志の一言に思った。

 最早「まだ怒ってんのか今朝の事」だの、それに答えずに不貞腐れているように顔を背けた間貴志の髪を触る日向のベタベタ具合に、

 なに、俺は邪魔なのかおい。

 と居たたまれなくなった。本人たちはしかし、他人行儀なくらいに淡白にベタベタしているから奇妙に見える。もう少し目を見て話すだとか、熱視線だとかなら間違いなくこいつらゲイだろうと言えるが、そう言うわけではなさそうなナチュラルな対応に、最早切山的には外国の交友にしか見えなかった。

「鬱陶しいって言ったからか俺が」
「別に。クライアントから『君はセミくらいがいいよ』って言われたからだよ」
「クライアントって、お前顔出さないじゃん」

 感情すら籠っているかわからない淡々とした静かで平坦な日向の口調。しかし腹になんとなく残る、ゆったりさ。なんとなく語り掛けるような様が、二人の近さを感じる。しかしやはりどこか、ぎこちなく奇妙なのだ。

 しかし日向のイライラがなんとなく、タバコの煙の吐き方やら、指輪をした左手で額を軽く揉むのやらを見て、第三者切山にも伝わった。仕方なしと、「タバコ買ってきますよ俺」と空気を読んだ。

 二人一斉に視線を浴びるのが更に居たたまれない。

 「セブンスターとマルボロメンソールですね?」と切山が確認を取れば「あぁ」だの「うん」だの返事が来る。構わず切山はそのまま、最早勢いで出て行こうとした。

「おい」

 と言う日向をも無視をして出て行った若者に、間を置いてから間貴志が腹を抱えて爆笑した。

「なにあいつ、真面目かよ」
「どうかな」
「で、なんであんなの拾ってきたのソウちゃん」
「戸籍がないからだ」
「じゃぁトンズラこかれても探せねぇな」
「そこでお前のハッキングを使うんだよ。ほら、番号送れあいつの」
「はいはいっと」

 カチャカチャ再び咥えタバコでキーボードを弄る間貴志をよそに、火を消して日向は、間貴志の散らばった髪を這って拾う。

 よくみれば左右長さも違う。ざっくばらん。こんな時にこの日本語を使うのかと、日向は髪と共に側に側に落ちていたハサミを取って、無言で間貴志の髪を整えるに変更した。

「着替えた意味ないじゃん、これ毛糸だよ!」
「編み直すからいい」
「捨てちゃうの?そんなにイライラしなくてもいいじゃん」
「人殺すのにイライラしない方がおかしいんだよ夏音」
「辞めちゃえよ自殺人とか」

 確かに。
 そうなんだけど。

「生きたくねぇとかふざけた野郎がよく言うよ」
「…今は違うし」
「生きたいか」
「それも違う」

 忘れかけたプリンをまた食べ始めては「毛が入るんですけど」と間貴志は不満を言う。
 しかし不思議と間貴志はスプーンを雑に自分に向けてくる。確かに栗色の髪が二本入っている。

 避けるのも面倒なのでそのまま日向が食えば「マジかよ」と寄越した本人が呟いた。

「普通食うか?」
「…あぁ程好く甘いわ」
「まぁね。三温糖だからね」
「卵焼き食ってる気分」
「…上げて下げたねソウちゃん。味覚障害だと思うよ」
「あっ、」
「え、なに」
「動いたからズレた」
「止めろよマジで〜!Fuckn out!」

 発音良し。流石外人の血。ファッキナウ、Fuck'n nowにしか聞こえないわと、日向の不機嫌が少し、髪を切ってやるうちに治まってきた。

 日向が「Somebody kill me」と、日本語のような英語で鼻唄を歌い始めて、漸く不衛生だった情緒は去ったのかと間貴志は胸を撫で下ろした。ストレスが溜まるとこいつはこうやって無駄に器用な趣味を見つけやがる。

 情緒不安故にたまたまだが、結果衝動的に髪を切っておいてよかった。これがなければまた無駄な編み物が増えただろう、俺って空気読めるなぁと間貴志は自分を褒めた。
 自分も漸く、髪を切ったり自分で食いもしないプリンを作ったりして今日は過ごして来たが、いまやっと情緒が安定した。

「プリンまだある?」
「あるよ一杯。腐るから食って」
「あいよ。あいつに電話してビールを買って来させよう」
「てかどーするのあいつ。ここに置くの?」
「隣の部屋空いてるし住ませる」
「…珍しい。どーしたんだか」

 わからない。
 ただ、ムシャクシャして連れて来た、それだけだった。あんな、光も差さねぇ自分の昔のような顔をされ生きていられるのがムカついた、それだけだ。

 宣言通り日向はケータイを取り出し、切ったばかりの髪を落とすように間貴志の髪を手櫛しながら、パソコンから送られてきた個人情報に電話を掛けた。

 10階の窓の外は暗い。樹海のような星が光る。不条理と刺し違えた日常を、日向は窓に写った自分を見て、感じた。

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