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 めんどくせぇ状況を作り出した張本人、最早溜め息を吐いて全てを放り投げることにしたらしい。後ろを向き切山の肩に手を置いて、「最初の仕事は自己紹介と掃除」とだけ言いキッチンの、コーヒーメーカーをセットした。

 最早不貞腐れてきた切山は、取り敢えず真っ正面から、椅子の上に体育座りをして縮こまるような見映えの男を見た。

 間貴志は膝に顔を埋め、興味深そう、というか警戒心のある目で切山を見ている。茶色の、濁りない綺麗な瞳だ。

「あの…。
 僕もよくわからないんですが、切山誠と申します。牧島金融で働いてたんですが」

 なにも言わずに間貴志は切山を見つめているが、切山の後ろを間貴志の視線が追った。恐らく気配的に、コーヒーをセットした日向が移動したからだろう。案の定、黒のロングコートを脱いだ日向が、恐らくは洗面台に消えた。

「牧島金融…。
 もしかして、あの胡散臭い出生の23歳?」

 喋り始めた間貴志の眼に少し、興味が見え隠れした。不服ではあったが切山は「あぁ、そのようですね」と返事した。

「で、こんなところに来たの」
「まぁ、はい…」

 会話がなかなか成立しないかもしれないタイプかも、日向といいこいつといい。安住の地ではないどこかの街へ入り込んでしまったような心境。困る。このままでは本当に自分は闇を生きるかも。安穏はいつの間にか廃れたらしい。

「夏音」

 後ろから、この不条理に迷いそうな会話を途切られた。
 切山は振り向いて安定を求めるように日向を見るが、酷く淡々と「まだ片付けてないのか」と日向は切山に言い捨てた。

 日向は黒のVネックとスウェットズボンに着替えて自宅スタイルに変化したが、手にはあの拳銃を持っていた。

 殺されるパターンじゃないのかこれ、と半ば切山は不安になった。

「まぁいい。
 夏音、頼んどいたやつ」
「あぁ、はい。これこれ」

 結局自己紹介すらしないままだがいいのだろうかと切山は置いてきぼりをくらい、夏音と日向が呼んだダルダルパーマは切山からパソコンへ身体を向けて指差す。日向は然り気無く、ずり下がって寒そうに露出した夏音の肩を掴み、顔真横に画面を眺めていた。

 どうやらスキンシップは日本人離れしているらしい、日向湊。どうみても恋人かなにかの距離感だろうお前らと、切山は無言で二人を眺める。先程から立ちっぱだ。というか日向、命じたのなら髪の上を平気で歩かないでくれと、一人一般的なことを切山は考える。

「何故そこに立ってんだお前。お前も来いよ」

 漸くお呼びが掛かったはいいが髪の毛、あとお前らの距離感。行きたくねぇよと考えた末の言い訳が「すみません、コーヒー頂いていいですか」だったが、幾分自分もズレているなぁと感じる。

「俺も。コーヒー半分くらいと牛乳と砂糖持ってきて切山」
「は、」
「新人くんにやらせるのどうかと思うよソウちゃん」

 意外と全うだこの、カノンって人。

 仕方なく日向は立ちっぱの切山に「ソファにでも座れ」と命じた。

 「はい…」とまだ疑問な顔をしている切山は漸く、リビングの34インチ前のソファに座り、硬直している。
 それを興味深そうに身体を後ろに向けて片膝立て眺めて座る間貴志に状況を察した日向は、

「間貴志夏音。ウチのパソコン係だ。
 切山誠。お前ら挨拶すらしてないだろ」

 キッチンで、愛用の、鰯の大群が青地にプリントされたマグカップに大さじで5杯くらい三温糖を入れ、6:4の割合でコーヒーと牛乳を入れる日向の手元は誰も見ない。同じ配分で切山用に、カエル(写真のような絵)がプリントされたマグカップにコーヒーを作る。

 冷蔵庫を開け間貴志が作ったという、白いティーカップに入ったプリンと二杯のコーヒーを手に持ち、カエルを切山の前に出して再び日向は間貴志が言うパソコン画面を眺めた。

 「いただきます…」と言った切山と日向が一口を飲むのは同時で、切山は素直に「甘っ!」と言った。それに間貴志が笑い、「ソウちゃん、凄く体に悪いらしいよ」と言った。

「ソウちゃん、こんな見た目でクソ程甘党なんだよ新人くん」
「…切山です」
「キリヤマ」

 日向が持ってきた、間貴志自作のプリンを食べながら、間貴志は呟くように片言に言う。

「山を切ると書きます」

 と丁寧だが愛想のない説明を切山は間貴志にするのだが、間貴志は日向の耳元に手を当て、「殺し屋に名前がぴったりだよね」と日向に言った。日向はわりと柔和に間貴志に微笑みを向けていた。

 どうやら間貴志は人見知りが強いらしいなと切山は感じた。

「で、この女なんだけど、多分牧島の愛人で、樹海で見つかったらしいよ」

 パソコンを眺めて間貴志が日向に言う。
急にそんな話かと、二人の日常を、切山は見た気がした。

「どうするのソウちゃん」
「…依頼はもう終わったからな。先に金も貰ってるし関係ねぇが、この女も気が早く自殺したな」
「まだ何かあるって?」
「ま、ヤクザ抗争は仕方ねぇけどな」

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