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 急におとなしくなってしまったユカを連れて近くの宿屋に入り込んだ。

 あまり詮索もせずに飛び込んだせいか、濡れ鼠の僕たちにはふさわしくないような、最近のなかで一番まともで高そうなホテルだった。
 場に合わないせいか、僕たちの姿をみたフロントマンは怪訝そう。だが、その冷ややかな世界にも慣れている。

 やけに仰々しい態度だった。

 とても綺麗な部屋に案内されたせいか、ユカは入り口で立ち止まってしまった。
 緊張もあるだろう、表情は不服そうな幼さがある。僕は彼女が冷えてしまってはいけないと、風呂場に促して服を脱がせた。

 青白く血の気はない。余程寒かったんだろうと僕はその裸が愛しくて堪らないのに、どこか心臓が壊れそうなほど、なにかに痙攣していくのを無視した。

「ごめんね、ユカ」

 手に収まる胸は柔らかい。右手が幸せに満ちる。このまま、君と溶けてしまいたいと思うのだけど、心を殺して心臓にキスをし、僕は一人で部屋に戻ることにした。

 寒いなぁ。
 凍えそうだ。

 カチカチと歯が鳴るその現象に、僕はただただ押し潰されそうな虚脱を目の前にする。ダメだ、強くなければと、またポケットから薬を開けてらっぱ飲みするように接種する。

 何錠いっちゃったんだろう。死ぬまでどれくらい近づいてしまったのか。

 ガリガリ、ガリガリと、部屋を覆った沈黙に口の中の音が鼓膜に響いていく。
 ガリガリ、ガリガリとその音はそのまま注水神経を刺激していく。僕はこれに生きているのか死んでいるのか、輪郭を失い、あてもなく彷徨っているような気分になる。

 からん、と金属の音がした。
 手の先にオピオイドのプラスチックボトルが転がって、多分それで共にポケットに入っていた果物ナイフが転がって。

 靄が掛かるように、視点もさ迷ったままどこか頭の中の凶器的な本能が反射的にそれを手にする。

 だけどそこから空白に溺れてしまう。

 僕はどうやら狂っているようだ。
 オピオイドのせいなのだろうか。ただ、ただそれを手に入れたいと僕は願っていただけなのに。

 一人になるとこれほど、浸透していく。ゆっくり、水が染み込むように。

 疲れていた、僕は。
 灰のようだ。

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