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 ぼんやりと部屋の空中を眺めている最中、ガタン、と風呂場から物音がする。

 転んでしまったのか、取り合えず音は大きかったと、僕の意識は引っ張り戻され風呂場へふらふら、足元は覚束ない。犬のように這っているような気持ちで扉を開ける。

 条件反射で恐れるように僕に振り向いたユカは、シャワーヘッドを外してホースを、手にしていて。 

 あぁ、あぁ。

「ユカ、」

 それが何をしようとしたとか、一瞬で過って止めようとするけれど。

 細い手を掴み暴れたユカの身体は支えられなかった。
 押し倒され、髪から水滴をポタポタと落として僕を見るユカの瞳は溢れ、彼女は唇を噛み締めて叫んだ。

「あなたは一体誰なの、ねぇ!」

 金属の音がする。
 咄嗟にポケットに戻したナイフがまた転がったようだ。

「ケイだっ、」

 首を絞められた。
 その事に僕は、酷く動揺して、

「知らないわよそんな人間、」

 吐き捨てられた。
 何を言っているのか皆目わからない。

「ユカ、お、落ち着かない」
「あんた頭おかしいわよ、」
「ユカ、」
「私はあんたが知ってる女じゃない!」

 弱々しくも首への力が増す。
 離してくれとその手首を掴めば視線はナイフへ向かう。それは、それはいけないと僕はナイフを片手で握ってしまった。

 どうしてだ、関節に鉄の感触があるのに痛みを感じない。

 血が広がるのを見たユカは「いやっ、」と手を引っ込めた。
 呼吸を取り戻した僕はふと、手の力も抜いてだけど泣いている君は悲しくなるものだなと、少し、動きが鈍くなった気がするその手で頬を撫でようとして驚いた。

 傷、思ったより深いじゃないか。

 あぁ、そうか。

「…ねぇ、ユカ」

 何か嗚咽を漏らして少し後ずさりそうなユカを逃がさないようにその手にナイフを持たせ、僕は至極優しくいようと、

「けれど僕は君の全てを知っているじゃないか」

 ははは、
 ははは、
 おかしくてたまらない。皮膚感覚は麻痺しているだろう。けれどこうして痛いほど猛ってきてしまって動かぬ右手と左手で君を捕まえてくつろげ、怖がる君の股がったままの腰を強引に誘おうだなんて。

 溶けそうなほど最高なんだ。

 頭で何かが吹っ切れてしまったような気がした。

 君と愛し合うため生きていようと思った僕は、

「ねぇ、ユカ」

 温いその君のなかでうごめく本能に、君は悲しいほど泣いている。それが美しく見える。

 だけどこれが嘘なのだとしたら僕はどうやって生きていけば良いんだ。黒くも甘い感情が君を組強いて、あぁ、酷く泣いていた、怖がっていた。そうかと握った君のてにはナイフがあった。

「君にだけは、殺されても良いんだ、」

 耳元でささやけば、嗚咽をこらえたユカの息がかかる。そうか、そうかと犬のように張って、僕は君のなかに沈んでいくように腰を動かして。

 悲しいくらい満たされない気持ちと快感は一体しなかった。ねぇ、もっと、もっと、僕は君とひとつになりたい、新たに生まれたい、どうして、どうして、こんな嘘が、嘘だったのか、本当だったら良い。僕はずっと君だけを愛してきたのに。

 溶け込んでいた。

「っ、」

 身体に衝撃が走った。

「…え?」

 息が、詰まる。
 恐る恐る、どこだ、わからないのに真っ先に見た右脇腹からナイフを抜いたユカの細い手が見えて。

「ぅっ、」

 血が流れるのと共に呼吸を再開した。
 ゆっくり、君の睨んだ目と、染み込むように流れたちに。
 僕はユカの身体へ倒れこむ。

 …痛い。
 あぁ、
 痛い。

 僕の苦痛で歪んだであろう顔を見てユカは薄らと笑った気がした。

 あぁ。
 肺がゆっくり、浸されていく。
 ようやく、満たされたような気がした。

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