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 雨は止まないままだった。
 君の呼吸を直に感じた僕は、君が生温い泥酔のような気がしていた。

 潤んだ瞳も荒い息も、
 想像の及ばなかった白い、少し手に余る肌も温もっていた。

「ユカ」

 いつもの雨が此所に降っている。君と僕はもう二人きりで、そう、此所は逃げ出すべき場所もないんだと。

「…ぅぁっ、」

 その喉から溢れる、傷跡のような歓喜の囀りが僕を満たしていく。
 君は心地よい温度で僕を飲み込み、迎え入れたんだ。
 このまま僕の全てを飲み干して欲しい。
 汗ばむユカの髪に指を這わせれば、僕には優しい笑顔が、
愛しい気持ちばかりが溢れていく。君は、僕の血液のように、ずっとこうして生きてきたのだから。

「ユカ、ユカ、」

 何度呼んでも足りなかった。
 ずっと届かなかった声が酷く裏返る。

 彼女は僕の目を、挑発的に捉えて頬を撫で、髪をかきあげて、抱きつくように項へ腕を回しては耳元で言うのだ。

「わたしは、だぁれ?」

 白く足が絡んで。湿った雨のようにか細い、切ないユカの声が欲望を掻き立てる。

 何て言ったんだろうか。
 君に満ち足りる僕は呼ぶのだ、「ユカ」と。
 僕らは何度だって、止まない雨のなか、日が登るまでそうしていた。

 僕は心のどこかに、禁忌を抱えた気がして、側で眠るユカの髪を鋤く。背中が痛痒い。その傷から光が溢れ出すように、痛みだって甘く感じていた。

 泣いたようなユカの目尻の塩を拭って、その白い肌に触れては考える。
 なんだか君が透けて見える、消えそうな程。硝子のように、崩れそうで。

 ゆっくりと墜ちていく気がする。
 僕はこんなにも満ち足りているのに。

 だから、二人で逃げよう。この青い夜を終わらせるんだ。どこへ行けるか僕にも君にもわからないけど。

 冷たいほどに乾いていく君を腕に抱いて、雨は止まないなぁと感じた。一晩中降った雨に僕は眠れなかった。

 あの男に空いた穴は、心臓あたりだった。鮮血が流れ出して白目を剥いた時から、僕も胸が痛い気がしている。だけどこれは甘いものだ。君を、助けたのだから。

 光が差し込んで完全な朝を迎えたころに僕はくたくたになったユカに声を掛けたが、なかなかぐずって起きてくれなかった。とにかくぐずるユカに、それでも僕は楽しくて、愛しくて、笑いかけては服を着せるのだ。

 支度をすませて、ユカをおぶって部屋を出た。

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