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その春画のような真実は、まるで僕の息の根を止めに掛かるようだった。
導くように一際、夜長の漆黒や岩や木も掻きわける一筋の光が漏れている。
その先で僅かに開かれた障子の先、に見えた黒くハッキリとした潤んだ瞳と、薄く開いた唇。滑らかい白に少し高揚したような色が浮かぶ、頬。
それは夜の妖艶さを醸し出したものだった。
庭の池の音に微かに紛れて声が、聞こえるような、聞こえないようなという微かな囁きが僕の鼓膜の奥底に所在ハッキリせず燻っている。
…少し眉を寄せた表情がなんとも言えず崩れそうな危うさ、艶かしくじわりと湿った汗、シーツに…散らばるような黒髪。
少し苦しそうな美しさに僕は釘付けになり、咄嗟にしゃがみこんでしまった。
風も凪がない月夜に、まるで葉の連なりがそこに擽るような気がする。
彼が誰かというのを理解してしまった瞬間に胸がじりっと、鳥肌が立つように逆立つ感触を覚えた。
障子の陰、には、毎日見る家主の、「そろそろ切ろうかな」と言っていた少し伸びて広がりがちの髪や程よく筋肉質な体躯、そしてそこに絡み付く女ように細い足のシルエットが写る。
先生はその、美麗な人のすべらかな身体を組敷き、一定のリズムで揺れていた。
心臓の音がする。
これは、見てはいけないもの見てしまった。
はぁ、はぁ、という息遣いがリズムに合わせて聞こえてきそうで、切な気なその瞳が少しだけ細められてから開き、それがまるで現実に戻ったような表情だと気付いた。
もしかするといまこうして僕がそれを静観していることがバレてしまったのかもしれないと咄嗟に、しゃがんでいた身をより小さくして息を殺すしかなくなった。
庭の土にじりじりと力が籠る。逃げられない自分の息はうるさく熱い。
彼がふと、先生の顔を見上げ「旦那様、」と唇を動かしたのがわかる。
露になった首筋に、浮くように見えた筋……。
それから荒い息のまま「あのっ、」と言う彼の声をハッキリと聞いて衝撃を得た。
初めて、彼の声を聞いた。
「外…に、」
先生はその切れ切れな声にピタリと、動きを止めたようだった。
先生の指が障子の影からひっそりと現れ、彼の額や首筋を撫でるのが露になる。
そして先生の少し汗ばんだ顔も障子の隙間から現れ、「どうした?」と言っては彼の唇を食み、深く口付け、腕で包むように髪をなぜる姿がハッキリとした。
秋頃の、湿ったような草木の臭いが噎せ還らず漂う。
羞恥と、…より一層の背徳感が僕の身体から吹き出、熱を取ろうと風は乾いて行く。
二人の唇が離れ密やかに、組敷かれた彼が何かを不安そうに言ったのが見える。
先生はそれに「猫か何かじゃないか?」と言い静かに障子を閉め、完全に絵画のようになってしまった。
熱く、苦しい。
身体中、掌すらも暑い。
水の音が鼓膜に絡み付く。
先生の影がその細い片足の膝を持ちあげ腰を掴み、先程よりも早いテンポで動く。
持ち上げた足までがピン、と張ったのとほぼ同時に、先生が彼の身体へ崩れ落ちる様が写り、二人は静かさを取り戻したようだった。
庭の空気は涼しい。
いつの間にか自分ははしたなく興奮していたと腹の底から冷めていく。
彼らが抱き締め合うなか、僕は身体が寒いと気が付くまでその場から立ち上がる事が許されなかった。
池の金魚は果たして寝静まるのだろうか。
まるで動物のようだと浅ましくも忘れられない、とある寝付きの悪い、特に理由もなくセンチメンタルな夜のこと。
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