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「こんな話をするのも変なのですがそう……あの子は私がここに来る前、私が結婚を破棄された旦那が引き取った子供なんですよ。
長男でしてね…2、3歳から会っていないのでなんだか、不思議なものであまり息子とは思えていないというか…薄情な話、それは他人にとやかく言われているような感覚なんですよね」
ふと私の後ろ側を見たゆずさんに、旦那様がお茶を持ってきてくれたのだと気が付いた。
何を察してくれたのか、旦那様はあっさりその場からそれのみで立ち去ってくれた。
「悪い感情も良い感情すらも沸かない話で…と、なんせ、旦那様とゆずさんの方が遥かに長く過ごしていますし。
すみませんね、こんな話を突然と」
彼は黙って話を聞いている。
何故かはわからないが、彼はまた話さなくなってしまった。それは修介様と紀子様が亡くなったあたりからだというのは承知しているのだけれども。
「…どうしましょうね。色々思い出すのです。
嫌だったらすみません、金輪際この話はしません…というか…私はそれでも…やはり家に帰ろうと思っているんです」
間ばかりが流れる。
これを読み取り「ゆずさんが困惑していて、どちらかと言えば私に同情的なのだろう」と見える気になるのも、本当は私の目でしか見えない狭い視野なのだろうけれども。
「…本当はここを…必要以上に、烏滸がましくも家庭だと捉えていましたが、わかりますよね?
旦那様の性格や、今何を考えているだろうと思うと…という気持ちはゆずさんなら内緒にしてくれるだろうという……勝手な共有感なのですが、なので私は単純に弱気で聞いてみたいのです、貴方に。どうやって家や…全てを擲てたのかと。その、強さと言うんでしょうかね…」
彼はある日、細井川家にやって来た。
泣きそうな、心の底からの訴えた坊っちゃんを見て、奥様も旦那様も打たれたのだからこうなっているのだ。
「私や、旦那様や奥様は……勝手な話をして申し訳ないのですがやはりゆずさんの為によかったのだろうかと考えていたのです、当時も。
だって、貴方も苛まれたと思います、お母様のことは。それを引き剥がしてしまったのかもしれないと」
「確かに、そうですね」
なんの音かと思った。
一瞬頭が着いていかなかった。
あぁ、声だ。これはゆずちゃんの。
久しぶりに聞いた声は……確か高校生以来で。
詳しくは知らないが、どうやら坊っちゃんの唯一の“お友達”は、少しだけ名の通る華道の先生のお子さんだという。
毎日嬉しそうに話した坊っちゃんと、旦那様が何か、確か食卓でした雑談、
「そういえばお前のクラスに東坂さんとこの息子さんが来ただろ」
というので知ることになった。
「ユズキのこと?」
あんなにもじもじしたように話をしていたので、私はてっきり坊っちゃんのお友達は女の子なのだと思っていた。
「そう、ユズキくん。今度学校の行事で一緒にやることになってなぁ」
「なに?それ」
「あれだ、華道と書道の部活の企画でなぁ。そういや3組って言ってたよな、と」
「カドウと書道?」
「ほら、お母さん、東坂流だろ。
確かあれって大きい流派から独立したらしいから父さんもよくは知らないんだけども」
「ん?なにそれ」
「え?」
なるほど、そんな立派な家柄の子供だったのかと私は感心したが、どうやら坊っちゃんもこの様子だと知らなかったようだ。
それから始終「なにそれ!」となっていた。
「だからあれだな、はは、将来は二人とも家元だな」
その時の旦那様は子供の未来に嬉しそうだったのだが。
結果、東坂流というのはなくなり、ゆずちゃんは家に来ることになってしまった。
暫くしてから坊っちゃんはまず私に「なぁ、あいつなんか違うみたいでさ」と心配そうに話したのだ。
「肉食わないんだって。なんか、肉ってよくないとか言われてるらしいんだ」
「なんかさ、みんなそれは変だって、あいつ最近元気なくてさ」
「あいつ弁当とかになったんだけど、少ないんだ。こっそり食っちゃえって言ってもダメらしくて…ねぇ、変なのかな?おれ、なんか…」
「なんかさ、給食は別で食べるようになったらしくて」
「なんか最近凄く…元気がないような気がするんだよ」
「でもダメなんだって、生き物殺すと悪いことが起こるらしいんだけど……」
徐々に話は激化していく。
坊っちゃんも坊っちゃんでけして「おかしい」という言い方だけは「しないようにしている」というのがわかっただけに、私はそれをポロッと奥様に漏らしたことがあった。
「……旦那にちらっと聞いたら…なんかお母さん、離婚してからどんどん変になってるかもって…怪しいとこに入ってそうらしくて。
ゆずちゃんも部活でなんか…凄く怒られたりしているらしいんだけど、明らかに怖いらしいのよね」
大人の視点ではこうだった。
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