無色透明色彩


2


確かに喜多と研究をしてればわりとさくさくと研究が進んだ。それにこっちとしても少し都合がいい。都合がいいが面倒だ。
本当に少し咳をしただけ。それだけで、「鶇、魂詰めすぎ」と横からいちいち一言入る。
「うるさい」
そういうと人が何か書いている横で薬を打ち込んできて。面倒だから、咳した時は自分で、作ったばかりの薬品を打ち込むことにした。そんな姿をみて後輩たちはみな、「葛西先生、」と声を掛けるが大抵は無視する。
その日はかなり、所謂“魂詰めすぎた”ようで、気付いたら2本くらい薬品を打ち込んでいたらしい。
「鶇ちゃん、ちょっと!」
と喜多に肩を捕まれ、「うるさい」と言って手を振り払おうと、振り向いた瞬間、どうしようもない頭痛に襲われた。
気が付いたら病院のベットの上で、身体が熱すぎて呼吸が湿っぽかった。
何打ち込んだっけと考えて、時計をみる。いくらか薬が馴染んでいるくらいの時間だったので起き上がる。
喜多の診察室だな、これ。
仕方ないしこれはこれで研究の一歩だ。論文でも書こうと起き上がる。喜多は居なかった。
症状やらなんやらを思い返し、いろいろパソコンに打ち込んでいく。だがどうも頭が回らない。
取り敢えずタバコを吸おうと立ち上がった。そんなとき扉が開いて目が合うと、「あ、起き上がれた?」と喜多に言われた。
「ごーめんねー。喜多がここまで?」
「うん」
「悪かったねぇ。ちょっとタバコ吸ってくる」
そう言って出ていこうとすると、手首を掴まれ、「俺も行く」と言った。
「吸ってきたんでしょ?」
「うん。けど行く」
「あっそう」
まぁいいや。こいつのこんな、切迫した顔もなかなか見れるもんじゃないし。
しかしぼーっとするな。これは中和剤を後で打ち込もう。
「あいつら今何してんの?」
「取り敢えず仕事してるよ」
「悪いねぇ…」
「鶇ちゃん」
あぁ、こうやって心配そうな顔しやがって。
取り敢えずタバコを一本取り出した。落ち着こう。
取り出したら残り一本だった。くしゃくしゃに丸めてポケットにいれる。
喜多は俺のタバコのメンソールを吸っている。緑のパッケージ。何がいいんだかわからない。
「よく吸えるねメンソール。そんなの森林浴行った方がいいでしょ」
「鶇ちゃんと色ちがい」
「はいはい」
タバコを吸ってもスッキリしない。寧ろ咳き込んだ。おまけにメンソールの匂いで若干気持ち悪くなってきた。
「大丈夫?」
そう言って背中を擦ると喜多は驚いたような顔をした。
「鶇ちゃん、めちゃくちゃ熱いけど」
「んあ?あぁ…副作用だよ。帰ったら中和剤打つわ」
「今日は帰ったら?」
「いい。面倒くさい」
そう言うと喜多は困ったような顔をした。
「いい。送ってく。ダメだよ」
「うるさいなぁ…」
そんなんで仕事が休めたら楽なんだよ。
こいつと話しても埒があかない。もういいや。
タバコの火を消してその場から去る。後ろから喜多が着いてくるのがわかったが、それも面倒。気持ち悪いしトイレに寄ろう。
さりげなくトイレに入り吐こうとするが、出るのは胃液ばかり。よく考えたら昨日から何も食ってない。指を突っ込んだところで嘔吐くだけだ。
わりと時間がかかったが、喜多はトイレの外で待っていた。だけど無視して研究室に戻る。
みんな驚いたような顔をしていた。あーあ、めんどくせぇ。
「ごめんねー皆。もーだいじょーぶだからねー」
といいながら注射器を打ち込む俺は多分異様だ。でも構わない。
「取り敢えず進められるところまで進めといてくださいね。早めに来てもらってよかった。
鶇ちゃん、帰ろう」
無視。
「わかった、俺ん家でやっていいから」
「うるさい」
それも無視してると突然テーブルがガンっと鳴った。喜多がテーブルを叩いたらしい。
見上げれば笑顔だ。忘れてた。こいつ所謂“元ヤン”だった。気が異様に短いんだ。
「鶇ちゃん?」
「…もう少しまとめたいんだけど」
「あと仕事何が残ってるの?」
「いっぱいあるよ、何せ突然の引っ越しだったんでね」
「じゃぁ今日は?いま論文書いているようだね。論文なら家で書いていいからさ。今日は休んで」
その妙な優しさがうざったくて。
論文だけ持って椅子から立ち上がり、黙って研究室を出た。

- 9 -

*前次#


ページ: