無色透明色彩


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クソじじいの突然の宣告に最近俺は忙しない。
「葛西くん、田村のとこのと仲いいよね?」
「田村?」
田村って誰だ。だいたいさぁ、顕微鏡覗いてるときに話を掛けるなって何回言わせんだよ。
「脳ミソ研究してる医者の教授だよ」
「あ、あぁ、はいはい」
ホントは誰だかわかんない。けどいまちょっといいとこだからあっち行ってくれ。
「明日から移動ね。ちゃんと研究チーム作ったから」
「あー、はいはい…」
ん?いまこのクソ教授移動とか言わなかったか?
「え、移動?」
やっと顔を上げてクソ教授を見ると、にやっときったねぇ笑顔を浮かべて。
「あ、やっと顔あげたね〜。うん移動。帝都中央国学院に」
「は?」
「大丈夫、生物研究も込みで。薬作ってきて」
「え、いつから?誰と?」
「だから田村のとこの…何だっけあの子名前…。葛西くんと同期の」
「…人事異動の書類ください」
「あぁ、はいはい」
教授に渡された書類を見てまた絶句。研究チームのメンバーはそこそこだった。「で、こっちが向こうのチームね。共同でやって」
俺が社会不適合者だって知っててやってんのかこのタヌキじじい。当たり前ながらみんな知らない…と思ったら。
「んん!?」
そこにあった名前。喜多雪春。
「あ?マジ?」
役職を見たら教授補佐とかになってて。随分出世したなぁ…ってそうじゃなくて。
「何で?」
何で喜多と?
「指名されたからさー。ノーベルくれって。まぁいいでしょ、こんなタヌキじじいと一緒よりさ」
「はい…ん?」
「君がよそで俺をタヌキじじいって呼んでるの知ってるからね」
「あっそうっすか…ってあ、ちょっ…」
思い出した!顕微鏡…。
覗いてみたら失敗。細胞死んでて。
「うぁぁ!あともうちょいだったのに!」
「あぁ、ごめんごめん。まぁ明日からも頑張ってね帝都中央で」
睨み付けるともうクソ教授は背を向けていて。
てめぇ一回マジ血管に空気ぶちこんでやろうかとか思ったがそんなことよりも、今日こうして失敗したし、仕方なく人員配置の書類を見て引っ越しの準備を始めた。
何故か俺以外みんな移動を把握していて。さくさくと引っ越しは終了。明日からとか言われたがもう知らん。あそこにはしばらく戻ってやらん。
引っ越しが終わって一人、速効でさっきの研究を一からやり直し。チームのやつらは、「明日からじゃないんですか…」とげっそりしながらなめたこと言いやがる。
「そんな甘いこといってたら終わらないでしょーが。てか話しかけないでよね。帰りたいやつはさっさと帰って邪魔だから」
「相変わらずだね葛西センセっ」
「うんはいはい」
とか言って一人夢中になってると、
「葛西先生!」
と、下っぱのやつが大きな声を出すから手元が狂って薬品配合を危うく間違いそうになった。
「何!?うるさいんだけど!」
睨み付けてやろうと顔を上げると。
「やぁ、久しぶり」
そこにはにたにたと笑うメガネ野郎がいて。誰だか認識した瞬間いろいろな感情が沸き起こり、フラスコをぶん投げてやった。しかし見事キャッチ。こいつの反射神経は昔から嫌みなほどに良すぎる。
「危ない危ない」
「何の用!?」
「何のようって。研究資料持ってきたんだよ」
「あ?その辺置いといて」
後輩たちは皆一様に喜多に挨拶をしている。
「ほらほら鶇ちゃん。コーヒーでも飲みなさいな」
「あーもううっさい!ちょっとあんたら、外出てくるから!」
タバコでも吸って落ち着こう。確かにいま俺はちょっと気が張っている。
嬉しそうについてくる喜多が心底うざい。
「鶇ちゃーん」
「ねぇその呼び方やめろって何回言ったらわかっていただけるんでしょうかねぇ喜多教授補佐」
「お、そうなんだよー!俺鶇ちゃんのお陰で教授補佐になったんだよー」
「あっそう」
こいつホント頭の中なんなの。お前の海馬マジ研究してやりてぇレベルにうぜぇ。
しかし気づいた。
喫煙所どこだここ。
「ねぇ」
「なにー?」
「喫煙所どこよこれ」
「案内いたしますよ葛西先生」
「お前いちいちムカつくね。捻り潰したいわ」
「何で?名誉じゃん」
「うるさい。さっさと案内してよね」
取り敢えず喜多に喫煙所を案内してもらってタバコを二人で吸う。明らかに喫煙所じゃなくてただの屋外だけどまぁいい。
ベンチに座って一息ついたら少し頭が冴えた。
「喜多、」
「なにー?」
「あんたさ、指名ってどーゆーこと?」
「んとねー。前回一緒にやったとき鶇ちゃんの研究テーマ聞いて、なんなら俺のとこのと合わせたら効率がいいって思ったから教授に頼んだらあっさりオッケーだった」
あのクソ共。
「これからよろしくね」
「…どうだかね。俺は自分のことしかやらないから」
「それでいいんだよ。俺は君のサポート役だ」
「あっそう」
まぁウチのチームのやつらよりは使える。あいつらは医療現場なんて見たことないからな。


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