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 あ、この目…。

 こういう、人を一瞬で警戒するような人物は戦争に出た経験がある。
 あくまで肌感でしかないが、少なくとも朱鷺貴が出会ってきた人物は皆そうだ。

 坊主時代、人からそうされることがあまりなかったからこそ、政府の人間に対しまず最初にそれを感じ取り覚えた。

 …そして、独特に暗い。この感じは長州の連中に似ている。
 大抵その目を向けられた時に浮かぶのは「相当やられてたからな…」という歴史背景で。

「…店、もう閉めるみてぇだけど」
「あっ、」

 少し見つめ過ぎたらしい。
 男はさり気無さを装い、桶を主人に渡し懐に手を伸ばす。

 これは多分、当たりだ。

 しかし相手はまたころっと表情を変え笑い、「見ねぇ顔だなぁ」と言ってくる。

「あ、まぁ、はぁ…」
「一瞬知り合いに見えて驚いちまった。あんた、どこの人?」

 …役人かどうか、というのは触れないらしい。北海道から出て割とすぐ、嫌という程言われたのだが。
 試す目をしている。何を図りたいのか。

「…京、です」
「………京?」

 男は何かを考えるように空を見て、「…京か…」と零した。

 なんとなく。
 知らない男だがこの雰囲気、どこかで知っている。
 確証も全くなく考えも及ばぬうちにふと反射行動か、朱鷺貴は懐からチラッと、相手に鉄扇を見せていた。

 何か、何かを強く感じるのだ。

 男は完全にピタッと視線を鉄扇に写し、「そっちは京物じゃねぇな」と、また目が合う。

「……出戻り組かい?」
「…出戻り…」
「その鉄扇、見覚えがあってな。良ければ開いてみてくれないか?」

 …雪の中にぶっ刺さっていた…多分3年程…。開いたらぶっ壊れるんじゃないかと少し躊躇ったが、ガチッ、と最初に鉄が擦れた。

「あー、そうか…」

 男は完全に敵意を捨てた笑みを見せてくれた。
 主人から桶を受け取り「そりゃ、多分俺のなんだ」と言う。

「…え?」
「竹作りだから武器としては全くだけどな。ここの武将さん、昔は大工でね。
 俺はもう少し硬ぇのを持ってんだが、そりゃあ間違いなくここで仕入れたもんだ。気に入ったって言ったヤツに預けてたんだが…。
 …なるほどな、洋装で来ることにしたんか?しかし…背丈も同じくらいだなぁ…」

 …何が何だかわからないが…。

「まぁ、ちょっと近くに親戚ん家があんだ、そこでいいか?宿はもうないだろうし」
「…はぁ」
「驚いたな。あいつが年長ぐらいかと思ってたんだが…京での門下か?」
「えぇっと…」

 男はふと耳元まで来て「六発中一発じゃぁ、歩く度に却って音がする。しかもそりゃぁ、見栄えだけだ」と、懐からちらっとル・フォショウに似た銃を見せてきた。

 …なるほど。

 男は「着いて来い」とばかりに先を歩く。
 少し先、元は裏長屋だったのかもしれない。
 その大きな屋敷の門に立ち入りすぐ、「ここは総司の家だ」と明かした。

「…沖田さんですか」
「そう。
 悪ぃな、通りのすぐ側に海軍兵の師範が住んでるもんで、外じゃあまり名前も出せなかった。
 あのゲリラ戦争で春日隊かすがたいを率いた…んーと…、」
「…甲州勝沼の事、ですか…?」
「…そう。
 佐藤俊正としまさだ」

 佐藤俊正なる人物は屋敷の戸を叩き、「ミツ、いるかい?」と問う。

「はいは〜い」

 すぐに出てきたミツなる人物はふと朱鷺貴を見て固まり、「…あの、彦五郎ひこごろう兄さん…」と佐藤を見やる。

「お裾分け」

 佐藤は構わない様子でミツに桶を見せ「京の門下らしい」と紹介する。

「あぁ、同士の…」
「少し上げてくれねぇか?この人……あ、名前聞いてなかった」
「あ、失礼しました。南條朱鷺貴です」
「…ん?南條……?」

 また空を見た後「あれ、門下じゃねぇのか?もしかして」と勘違いに気付いたらしい。

「はい、すみま」
「もしかして酔狂な坊さんって…!」

 …なるほど、そう聞いていたのか。

「…多分俺ですね、ハイ」
「…一回試合してないか!?」

 うわぁ。

「あ、ご存知なんですね。
 まぁ、はい…。それが出会いでしたね」

 佐藤がミツを見「ふっ、ははは!」と笑った。

「台帳に残ってた、総司が負けた相手らしいぞ、」
「…あら、」
「あ、そうそう。ミツは総司の姉で」
「うわぁ…」

 蘇る。
 あの時、沖田は道場の隅でいじけていた。

「その説はさーせんしたぁあ!ウチの従者が調子こいてインチキしただけで…、」
「あらっ」
「まぁまぁ、入れてくれ」
「あ、そうでした…!」

 すぐに通された。

 割とちゃんとした家で驚く。確かに沖田からはどことなく「金持ちっぽさ」があったような気がするけれど。本人は泥臭い場所にいたから、奇妙に感じていたのだ。

 掛け軸の傍に、刀が飾られている。
 あぁ、やっぱりそうか。

「…まずは…えっと、これをお返しに参りました…。たまたま…その、見つけまして。
 私の従者、藤宮翡翠が土方歳三氏からくすねた物で…あ、台帳に居たと思いますが…」

 佐藤は「もしかして」と少し怪訝な顔をし、グイッと近付いてきた。

「そいつぁ、少し背の小さい」
「あぁ、」
「見よう見真似の医術なんかをやってみちゃったり」
「…多分」
「天皇の親戚の」
「あ、微妙に違うかも…」
「見よう見真似で刀研いでたまに怪我するような」
「違うかもしれないですね…」

 佐藤が鉄扇で静かに、右肩をすーっと指す。
 それで漸く「まごうごとなき、そいつです」と答え合わせが出来た。

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