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「そんな者に端から頼ろうというのは芸がない。
 だけど、アレもいなければ困るらしい。だがあんな貧弱に尊攘の決意を表されようと価値がないのだ。最早皆、誰かがケツを叩かねば動かない」
「ケツを叩く……?」
「将軍を人質に取ればいいのではないかと」

 あまりにさらっと吉田が言うので「なるほど」とまた言いそうになったが、瞬時に事態に気付き「えっ、」と声が出た。

「しょ、将軍をって…」
「しかし真木さん」
「その口ぶりだと君は乗り気なんだろうが、何分確かに人員はいないな」

 …確か行幸の大阪巡行には、竜馬と、勝海舟、ということは勝の付き人になった、以蔵もいるのではないか…。

「…将軍付きですと、恐らく海援隊かいえんたいの坂本竜馬、何より幕臣の勝海舟もおられるかと」

 漸く望月が口を挟んだ。

 えらく、他人行儀な物言いに那須は言葉を飲み込んだ。

「……坂本竜馬は私たちの元、仲間です。
 何分あの国賊幕臣に唆され着き回っているようですが、腕は確かで、側にはごろつきの」
「待て、亀弥太、」

 ついつい止めに入ってしまった。
 側には鋭い目線の三名がいる。

「…信吾、」
「なん」
「わしゃ怒っちゅーんだ。武市さんも竜馬も皆皆、言うことだけ言い腐り見てみろ、あん竜馬だってそうなったんやぞ、」
「亀弥太、」
「皆、見てるもんは自分の地位や金や感情しかないんじゃ、せやからわしゃぁあそこを抜けた」

 …そうか。

「…そうか」

 この違和感は、前からあったような気もするのに。

「わしらぁ…、何見よったんがかね、亀弥太」

 それはただただ。

「信じた道がよ、信吾」

 …そのはずだったんだ。

「そちらはそちらで私怨があるようだが、」

 はっとした。
 吉田はただ淡と「私には関係がない」と言い放った。

「道とはそれぞれ一つしかないものだと思っている。それが、どうかち合って出口へ向かうのか、分かれ道の先なんてどうだっていい。それは、各々が見る物だから」

 初めて表情を崩した吉田は、「道で出会っただけなんですよ、僕らは」と穏やかだった。

「僕の家はいくらか地位が良くてね。でも、僕が歩んだのはこの道でした。あなた方もそうだったんですよね?」

 なるほど、とても…簡素だ。なのに、自由で。

「下関の兄さん方にも、なのでそう伝えますから。彼らはただ、あの古びた場所が好きなんですよ。僕は嫌いだったけど」

 そんな頃にふと、戸が叩かれた。
 坊主がまるで痩せ細った面で「終わりましたわ」と一言言った。

「さぁ、同士に追悼を捧げましょうか」

 その一言で皆が同意の空気を出す、どうやらこの吉田稔麿という男は、そういう人物らしい。

「ところで、」

 ふいに肩を引かれた。

 何かと思えば吉田が耳元で「国賊の話だが」と切ってくる。
 冷たさを感じる声色に、一瞬にして身を引いてしまった。

「首をその手に持つというのは、どんな気分なんだ?」

 …態度が一気に変わった。

「君がどうやってここまで来たかと考えたんだが」
「え、」
「…その坂本と言う男はお前らの知り合いだな」
「同郷、でしたが」
「それはあの気狂いジジイと知り合いだというわけだ、そこまではわかった。
 もしや君は藤宮という男に導かれたのか」
「は、」
「っ、はははっ!」

 皮肉な顔をした吉田は「絆されるなよ」と嘲笑う口調。

「アレは何もない男だ。何もないからこそ恐ろしい、自由気ままだ。気が向いたことには容赦がない」
「それは、」
「あれの後に誰かいる。俺はそれの気持ちの方がわかる。ただ壊したくて堪らないんだ、まぁ俺ならな」

 そのまま何事も話してないような面に戻った吉田に、自分はもしや背後、裏側に足を取られたのかもしれないと、はっきりそう自覚した。
 これが人生で初めての、己の思想だった。

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