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 土方は「っはは!」と、湿った雰囲気に一笑いをする。

「まぁ、あの部屋とは案外和解までこじつけたんだ。随分と吹っ掛けられたが」
「…そうでしたか」

 いや、まぁ知っているけど。
 土方はまるでこちらを見据えてきた。

「…京作法と言いますか、こちらの者はどこか執拗やからねぇ。夜道は、ホンマにお気をつけくださいね」
「わかったよ。まぁでも、お前よりも敵味方というものに、こっちは敏感だ」
「胡散臭い気苦労なら、幸いです。
 せつろしい中、堪忍してくださいね」
「知り合いの話だ。頭に入れておくよ。
 今度また酒でもやろう……翡翠。今度は、女が良いよ」

 そう呼ばれ、やはり肩に力は入っていたのだなと自覚し、翡翠は一息を吐いた。

「…そうやねぇ。
 ひとえに、ご立派にやられてるんも見られまして、わても嬉しいです。ホンマに男を上げましたな、旦那」

 これから茨の道を行くのだろうけれど。
 
 一先ず、と、荷が下りた翡翠は頭を下げる。
 出来ることへの一歩も足りないのかもしれないが、やはり、顔を見るのは少なからず情などが、生まれるのかもしれない。

 当の本人はどこを見ているのか……それは、運び込まれた鉄砲だった。

「あぁ、こいつぁ、なんだかわかるか」

 ころっと不意に、呼び止めるかのように土方は言った。

「…鉄砲…火縄銃にしては、少々洒落て…頑丈そうですな」
「流石、武器には詳しいな。こいつぁ種子島から取り入れたもんだ。銃鍛治が西洋のもんを、見よう見真似で作ってるんだとよ」
「…はぁ」
「お上さんは刀を使えねぇんだ」

 …銃鍛治が、見よう見真似で、など。

「土方さん、武士になりたいと、言うてましたね」
「そうだな。
 先のエゲレス戦から、実のところ技術も疎らで暴発なんかも懸念されているらしい。
 なんでそんなもんがここにあるか、戦争が起こるんだ。それも、間近でだと、」
「………」
「だが、相手は日本人ときた。ここはな、長州藩への対策として俺が借り入れたんだよ」

 至極、表情を変えぬ努力をした。ただ一言、「忙しいですね」とだけ、返し。
 土方は漸く少し表情を崩した。

「ついで、お前さん、良い薬はねぇか?」

 またころっと話題が変わる。
 まるで遊ばれているような。

「どないしはりました?」
「最近沖田の野郎が風邪っ引きでな」
「あんさんも覚えがあったんでは?」

 …それは少し、もしかして、悪いのではないか。

「いや、まぁ、まぁ…。
 お前の顔でも見たら吹っ飛ぶかもしんねぇなと。もし暇だったら顔を見せてやってくれ」
「わかりました。せやけど宜しいのか…あの人、あの件をまだ根に持っていらっしゃいませんこと?」
「っはははは!まぁ、そうだな」

 どうしてこうしたかなど、わからないけれど、これが軌跡というやつなのだろうか。

「…どうやら俺たちはあまりこの街に好かれていないらしい。しかしそれを言ってくれる奴は、身内でも、いないもんなんだな」
「……突然伺ってきずつないです。土方さん、お元気で」
「…野暮だねぇ。曇りがねぇのも、怖いもんだよ。
 まぁ、またなんかあったら」
「はい」

 翡翠は今度こそ辞した。

 …怖い人。

 少し歩くと、後から斎藤が「藤宮さん」と追ってきた。
 二三、何かを話した頃合いなんだろうか。何より、自分もよくは思われなかったのでは、ないだろうか。

「…屯所はいま殺伐としています。共に参りましょう」
「あい」

 戦をすると言ったからには、そうなのかもしれないと改めた。正直、チンピラのそれだと思っていたから。

「…丁度、今日は特にね」

 さて、なんのことか。
 斎藤は少し声を潜め「勅令が出たばかりで」と、やけに話してくる。

「…勅令、ですか?」

 そして、顔色を伺うまでもなく「過激派の閉め出しです」と、至って普通に答えてきた。

 …一体何をもって自分に話しているんだ、この男は。やはり、藤宮との繋がりで少し気を悪くさせたんだろうか。
 いま、義兄が何を目論んでいるかも読めない。あちら側という認識だったが。

「過激派…」
「はい。主に長州派ですが。やっと、というか…お上さんも下京したようです」

 ……なんだって?

「お上さんも?」
「ええ。公家なんかが」

 …公家なんかが?

 ちらっと見下ろしてくる斎藤に「あら、世知辛いですね」と兎に角返す。

 一瞬藤嶋のことが頭に浮かんだ。
 あれもどういった役割かは知らないが、「殺されるかもしれない」だなんて、言っていたのだ。

 …そして、壬生浪がどうとして自分達を捉えているのか、考えたこともなかった。それは自認が「ただの寺」だったからだ。

「………」

 斎藤は、どうやらこちらの顔色を伺っている。

 初めて、あの土方の認識も変わった。役目があるから、かは知らない。
 本当に怖い人、なのかも。だとしたら…出世物だ、本当に。

 来るときより遥かに肩へ力が入ったような…。

 時は、急速に動き始めて、いる。

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